187話 鎮魂歌+四重奏(1)
「んで、ミカエル、あの可憐って女はいつ契約するんだ?」
六枚の白い翼を動かしながら、ジンと猛は氷結地獄と化したSランクの上空を移動していた。複数のドーム型の空間で仕切られていたSランクだったが、その半分ほどが吹雪によって、ドームのようになっていた強化ガラスを破壊され、冬らしい冷たい風が流れていた。
「それを決めるのは磯崎の意思だ。俺じゃない」
ジンの言葉にぶっきらぼうに答える猛。時折、地面を支配する氷の柱に視線を送ると、その中には白い服を着たSランクの住人が生きたまま閉じ込められ、酸素を失いながら死体となっていた。
「二つの魂を持つ者ってのも分かってんなら、さっさと契約しねぇといけねぇジョーキョーにすりゃいい話だろ? そうすりゃ、サタンの復活もジャマできっし、こっちもラファエルが手に入る。イッセキニチョーってやつだろ? なのに、それをしねぇって事は、あの女に情でもあんのか?」
軽く舌打ちをしながら猛を睨みつけるジン。彼の言葉に猛は、視線を合わせないという行動で気持ちを伝えた。
「俺は人間をしらない唯一の契約者だ。百年も生きられない人間に、情など湧かない。しかし、あのガブリエルとラファエルは——」
「初代にすっげー似てる二人だからって事か?」
猛の言葉を遮るようにジンが口を開いた。その挑戦的な態度に、猛は思わず、一度空中で止まり、ジンを睨みつけた。猛の予想外の行動に、ジンも一度だけ翼を動かし、空中で止まる。
「確かに、あの二人は初代のガブリエルとラファエルに見た目が似ているのは、否定しない。そして、俺がその二人に多少甘くなっているのも、否定しない。しかし、それは初代のガブリエルたちに重ねて、依存しているという理由ではない。あの二人は、神に最も愛された人間だ」
猛はジンにそう一方的に告げると、再度六枚の白い翼を羽ばたかせ、飛び立った。彼の態度に、ジンも舌打ちをしながら猛の後を追うように飛び立った。
冬の冷たい風が二人の頬を撫でていたが、動いていない心臓を持つ二人にとって、それが冷たいと感じる事は無かった。
「ルシフェル……サタンをここで止める事が出来れば、運命が変わるかもしれない」
猛はそう呟いたが、冬の風の音と二人が翼を羽ばたかせる音によって、ジンに聞こえることは無かった。
その時だった。猛たちが向かっていた氷の玉座のある方向から、負の感情が込められた魔力が飛んできた。
「現れたか……!」
咄嗟に身体をねじらせ、魔力の攻撃を避ける二人。魔力の飛んできた方向には、六枚の虫の羽を忙しなく動かしている皐月の姿があった。
「やっほー。裁きの大天使と戦いの大天使ー」
見下すような笑みを浮かべながら、両手に魔力を込める皐月。殺意の込められた両手を見た猛は腰の剣を抜き、コバルトブルーに近い紫の魔力を纏い、ジンはルビーレッドの魔力を使って剣を具現化し、構えながら皐月を睨みつける。
「……。オマエ、弘孝……モロクにソックリだな」
剣を構えながら皐月を睨みつけるジン。ルビーレッドの魔力を剣に纏わせながら、皐月の行動を監視する。
そんなジンに対し、皐月は彼が目の前で転生したことを思い出し、再度見下した笑みを浮かべた。
「あー、そっかー、忘れちまったんだったなー、モロク様とオレは人間の時、兄弟だったんだよー。んで、兄貴がオレを殺したー。でも、オレはその前にサタン様と契約して、悪魔になってたから無意味だったけどなー。まぁ、結局は同じ道を選んだから、兄貴もバカな野郎だよなー」
上司なのが少し気に入らねぇけどなー、と付け足し皐月は両手に込めていた魔力を使って、ジンと同様に剣を具現化させ、構えた。弘孝に似ている紫色の目と頭の赤い複眼がジンを捉える。
「確かに、悪魔になっちまうってのは、バカな選択ってオレは思ってるぜ」
皐月の言葉に対し、ジンもまた彼に向かって蔑むような笑みを浮かべた。両手に力を込め、剣を強く握りしめる。
ジンが一度瞬きをしたのを合図に、皐月とジン、猛が一斉に剣を大きく振りかぶった。二人の攻撃を皐月が剣だけで受け止める。剣がぶつかり合い、金属音が三人の耳を支配した。
「あははー。知ってんだろー? 悪魔の中で魔力の強さだけで言うなら、ベルゼブブが一番だって事をさー」
皐月が剣に魔力を込め、二人の剣を通じて攻撃する。不快な電流が込められたような痛みが二人を襲い、一度皐月から離れた。
「強いのは攻撃に対する魔力だけだ。ジン、奴は回復などが出来ない攻撃特化型の悪魔だ。一度傷付ければ問題ない」
一度剣を構え直し、呼吸を整える猛。ジンもまた、猛と同じ行動を取っていた。
「アタッカーって事か。オレと一緒って事でいいんだな!」
呼吸が整うと、再度翼を大きく羽ばたかせ、皐月に向かって剣を振るうジン。皐月はそれを全て受け止め、魔力を流し、力を相殺させた。
「生まれたばっかの契約者と、オレを一緒にしないでくれよなー。オレは、あの方の為に生きて、そして、死ねるのが本望なんだからさー」
剣を受け止め、魔力を流し、離れた契約者に向かって今度は剣を振るう。そんな攻防戦をジンと皐月はひたすら繰り返していた。時折、猛が援護に入り剣を振るうが、皐月は瞬時に把握し、剣を使い受け止める。
「サタンの為に死ねるのが本望か。随分あの男に惚れているんだな」
剣を交じえながら、猛が皐月を睨みつける。猛の脳裏にはこの争いのきっかけを作った自分の兄の姿。見下すような笑みを浮かべていたその姿と、目の前の蝿の少年を重ねるように見ると、自然と彼に殺意が湧いた。
「あったりまえじゃーん。オレを混血の苦しみから解放して下さった、偉大なるお方なんだからさー。だから、サタン様が望む器である可憐ねぇを、何としてでも手に入れないといけないんだよなー。手っ取り早く、こっちに来てくれれば、簡単にさらってもいいのになー。兄貴だってそうすりゃ、可憐ねぇを自分のものに出来んのになー」
剣がぶつかり合う度に甲高い金属音が聞こえる。猛が剣に纏わせている魔力の色を、ゴールドに変えた。そのまま皐月に向かって振りかざしたが、その色の魔力が示す意味を理解している皐月は、六枚の虫の羽を動かし、距離をとる。
その隙にジンが剣を振りかざしたが、剣で受け止める余裕が無いと判断した皐月は、咄嗟に魔力を手に込めて、素手で受け止めた。魔力で庇っていたが、それ以上にジンのルビーレッドの魔力が強い輝きを放ち、皐月の手に血を流させた。
「ラファエルは絶てぇにオマエらなんかに渡さねぇ。四大天使揃って、天界を守ってみせる!」
ジンが剣にさらにルビーレッドの魔力を込める。すると、受け止めていた皐月の手のひらの傷口が広がった。苦痛の表情を浮かべ、皐月は一度羽を動かし、ジンから距離をとる。
その間にゴールドの魔力を纏わせた剣を猛が振りかざした。しかし、それには細心の注意を払っていた皐月は、傷口が無い方の手を使い、猛に向かって魔力を放ち、威嚇した。
ジンと猛が皐月から距離を取り、再度全員が呼吸を整えていると、皐月が現れたほうの反対側から一人の大天使と一人の人間が現れた。
「皐月君、あなただったのね……」




