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186話 鎮魂歌+器

「花の契約者……。流石ぼく直属の熾天使だよ」



 アスタロトが毒薬を飲み、光りとなっている最中、光はふと春紀の魔力を感じ取り、ゆっくり口角を上げながら呟いた。それを見た可憐は、視線を光に移し、首を傾げた。



「あの人に何かあったのかしら」



 可憐の言葉に、光はゆっくりと頷く。既に黒に戻っている光の瞳が可憐を映す。



「うん。恐らく、ルキフグスを倒したね。ぼくたち大天使と、それに直属する熾天使は、これくらいの距離なら、何となく何をしているのか、分かるようになっているんだ。まぁ、大天使(ぼく)が何をしているのかは、熾天使(向こう)には分からないけど。可憐はまだ、契約も転生もしていないから、例外だけどね」



 本当に何となくしか分からないけどね、と付け足し笑う光。その笑みは、可憐に契約を急がなくてもいいという安心を込めての笑みなのか、熾天使と大天使の繋がりの説明を大雑把にしている自身を誤魔化すための笑みなのか、可憐には分からなかった。



「そう」



 可憐は短い返事をすると、再度視線を光からアスタロトのいた場所へ移す。光もそれにつられるように視線を可憐から移動させた。そこは既に光りさえも消え、アスタロトがいた痕跡は全て消えていた。



「本当に、七海さんはいないのね……」



 アスタロトの衣服も全て光りとなって消えたのを、可憐と光はただ眺めていた。いつの間にか、アスタロトが魔力を使って具現化させていたテーブルや、液体の入っていた小瓶なども、全て二人の視界から消えており、残っているのは氷の世界だけだった。



「彼女は自分からあの道を選んだんだ。悪魔と契約して、自分も悪魔になって、サタンの命令で、可憐を悪魔にしようとする舞台を作る……。そして、その間に記憶から消えていた、本当の自分を取り戻した……」



 拳を作り、怒りを鎮めようと努力する光。その怒りの原因は、可憐に毒を注入したアスタロトに向けてなのか、そんなアスタロトを憐れみ、彼女をそのような運命に導いた吹雪への怒りなのか、光には分からなかった。



「本当の自分……ね……」



 光の言葉を一部復唱する可憐。彼女の視線は、アスタロトが最期に飲んだ、毒薬があった場所に向けられていた。やや俯き、一度ゆっくりと目を閉じる。



「ぼくは、ミカエルじゃないから、裁きを行う事が出来ないんだ。下級悪魔なら、なんとか出来たかもしれないけど、地獄長レベルだと、ミカエルしかそれは不可能なんだ。もしも、悪魔が人間だった頃の魂が少しでも残っていれば、裁きを下され、魂の解放を受け、長い時間はかかると思うけど、いつかは人間に転生できる……。だけど、アスタロトのような結末だと、それは不可能なんだ」



 可憐の行動に、光は小さい笑みを浮かべながら口を開いた。右手を自分の動いていない心臓に近い胸元にそっと触れた。


 そんな光の言葉を聞いた可憐は、目を見開いた。黒い瞳が目の前の少年を映す。



「えっ……じゃあ、裁きを受けたエンジェ……ナナミには、彼女は二度と会えないと言う事なの?」



 首を傾げながら言葉を選ぶように話す可憐。彼女の脳裏に天界で出会った天使の姿が横切った。よくよく思い出すと、彼女とアスタロトが七海として現れた時の姿はそっくりだった。同じ髪色、同じ瞳、雰囲気もどことなく似ている気がした。強いて言うならば、エンジェの方がやや幼い印象だった。


 不意に思い出した天界で、唯一出会った下級天使を思い出すと、可憐は表情を曇らせた。そんな彼女の言葉に光は可憐の感情に触れないように、ゆっくりと頷いた。



「うん。可憐と初めて出会った頃に言ったよね? ぼくたち契約者は魔力で生きているから、心臓が動いていなくても生きることは出来る。だけど、それ以外は人間とあまり変わらないんだ。例えば、首を切られたりしたら、いくら魔力があっても、それを保つ術は無いからね。そのまま魂ごと消えてしまうんだ」



 中には無理やり肉体を保とうとする契約者もいるけどね、と付け足し、光は苦笑する。目の前で表情を曇らせていた想い人の気を紛らわせるので精一杯だった。


 光の気持ちに気付いてはいなかったが、可憐はエンジェの事を一度頭から離し、光の言葉に耳を傾けた。その後、光の言葉を全て理解した時、再度目を見開いた。



「……。それなら、一色君がいないと、地獄長全員を救う事が出来ないじゃない……」



 地獄長全員を救う。そう彼女の口からそう放たれた時、光の目が僅かに見開いた。可憐に悟られないように拳を一度だけ作り、直ぐに解いた。そのまま儚い笑みを浮かべ、可憐に向ける。



「そうだね。地獄長を全員救うという考えなら、猛君の力が必要不可欠だ。だけど、それがぼくたち天使が求めている事では無いかも知れないのを、どこかで覚えてくれてたら、それでいいよ」



 光の儚い笑みに対して似合わない言葉に、可憐は違和感を覚えた。まるで、可憐の意見を否定したい気持ちはあるが、可憐そのものを否定することになってしまうので、無理やり飲み込んでいるような光の言葉は、可憐の心臓を締め付ける。


 Eランクから帰ってきた頃から、何度も襲われるこの胸の痛みは、可憐にとって不快だった。今まで体験した事の無いこの感覚。それと同時にさらに強く目覚めた、ラファエルとしての記憶と自覚。他人の感情に支配されていると察した可憐は、ただ、スカートの裾を強く握り締めることしか出来なかった。


 スカートの裾を強く握り締め、自身から目を逸らす可憐を見た光は、一度可憐に分からないようにため息をついた。そのあと、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。



「聞いて、可憐。地獄長を救うのも、君がぼくと契約を選ぶのも、全て君の意思だ。選んだ結末は、神が決めた運命かもしれないけど、選択はぼくたちが決められる。そうやって、運命を少しずつ変えていこう」



 運命を少しずつ変える。そう無意識に口にした光は、自分の言葉に目を見開いた。それと同時に彼の脳裏を横切るのは、ネモフィラの花。青く小さなその花の名を知らない光は、一度首を横に振り、記憶から消そうと努力する。



 そんな彼の行動に、可憐はやや首を傾げながらも、光の言葉に対して、口を開いた。



「選ぶのは私たちだとしても、結末は神に決められているなんて、まるで、選ぶ事さえも神に誘導されているような気分だわ。私が器なのも、みんなが私を器として傍にいてくれるのも、全て神の仕業……」



 再度スカートの裾を強く握り締める可憐。彼女のスカートは既にシワだらけになり、新品だったとは思えないほど汚れていた。ただ、マフラーだけは、洗われた状態を保ち、返り血も着いていない綺麗なままだった。


 そんな可憐を見た光の心臓は、可憐と同様に締め付けられ、苦しさを覚えた。冷たい身体に、動いていない心臓。死体同然の自分には似合わないこの感覚に、光は一度ネクタイを締め直し、可憐の黒い瞳を見ることで誤魔化した。しかし、何度も見ている彼女の瞳だったが、胸の痛みに容赦なく襲われ、光はそれを儚い笑みで相殺した。そして、弘孝が二重契約をする前に、可憐に伝えようとしていた思いをゆっくりと口にした。



「……。可憐、もう一度だけ聞いて欲しい。ぼくは大天使ガブリエルとしてじゃなくて、光明光として——」



 光が全ての気持ちを伝える前に、玉座のある方向から、魔力がぶつかり合い、爆発音に近い音が二人の耳を支配した。反射的に二人は音の聞こえた方向に目を向ける。すると、そこにはルビーレッドの魔力と、悪魔の魔力がぶつかり合っているのが、辛うじて分かった。



「ついに大きな地獄長が動きだしたね。多分、ルキフグスとアスタロトの報復って感じかな」



 先程までの雰囲気は一瞬で消え去り、光の瞳が黒から朱色に染った。それを見た可憐は、今の光に言葉の続きを求めても、それはガブリエルとしての言葉でしか無いと察し、先程の言葉の続きが気になる気持ちを無理やり封じ込めた。


 目を凝らしながら、魔力がぶつかり合う方向を見る可憐。しかし、人間の視力では、その魔力の持ち主が誰か分からなかった。



「あれは……弘孝? 皐月君?」



 やや首を傾げながら呟く可憐に対し、光はゆっくりと首を横に振った。背中から魔力を使い、消していた六枚の白い翼を露わにする。



「分からない。どちらにしても、ぼくたちは行かないといけないね。多分、第一地獄の地獄長と戦っているのは、ミカエル……猛君たちだ。行こう、可憐、早くサタンを止めよう」



 六枚の白い翼を羽ばたかせ、右手を可憐に差し出す光。可憐は、頷くと、その手を取り、光の両腕に収まる。自分に密着した事を確認すると、光は翼を大きく動かし、ゆっくりと飛び立った。


 アスタロトが消えた場所には、一枚の白い羽根が落ち、氷の地面に触れた時にオレンジ色の光りとなって消えていた。

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