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183話 鎮魂歌+氷の女王(3)

 銃弾を放つ大きな音が契約者の耳を支配する。ルキフグスの矢と春紀の銃弾がぶつかり合い、互いの魔力によって相殺された。相殺された時の爆発音が契約者たちの耳を支配する。



「相変わらず、弓の扱いはピカイチですね」



 爆発音が聞こえなくなった事を確認すると、春紀は目の前の悪魔に本音をこぼす。それを聞いたルキフグスは、ゆっくりと口角を上げた。



「そんな花の契約者こそ、銃の腕は誰にも負けないよ」



 ルキフグスもまた、本音をこぼす。互いに偽りの無い言葉を述べながら、数回矢を放ったり、銃の引き金を引いたりしていた。全ての矢と銃弾は、数ミリ単位のずれもなく、ぶつかり合い、相殺されていた。


 二人の攻撃の隙を見たバエルが、春紀の心臓を奪うように、魔力の込められた手を思い切り前に出した。しかし、春紀はそれを四枚の白い翼を羽ばたかせ、バエルから距離を取った。



「二人してイチャつくのはやめてください。虫唾が走る」



 後半の言葉は春紀に向かって放つバエル。それは、本心であり、嫉妬心である事は、彼の殺意の込められた視線で誰もが分かった。



「イチャつく? 何を素っ頓狂な事を言っているのですか? 私が契約者になって、唯一愛した女性は、たった一人ですよ?」



 バエルの言葉を聞いた春紀は、口元だけ小さな笑みを浮かべると、右手に意識を集中させ、魔力を銃の中に込める。すると、空白だった銃弾のスペースが埋まり、また七発撃てる銃へと生まれ変わった。


 春紀の言葉を聞いたルキフグスは、一瞬だけ目を見開くと、一度矢を放つ事を止め、ゆっくりと弓を持つ手を下ろした。



「へぇ。ボクの知る限り、君は四百年近く契約者として、生きている筈だよ? それでたった一人なんて、随分一途なんだね」



 ボクはまだそんな感情知らないや、と付け足し、挑戦的な笑みを浮かべるルキフグス。その笑みと、弓を構えていない姿勢により、会話を求めている事を春紀に知らせる。それを察した春紀もまた、両手に構えていた銃をゆっくりとおろした。ルキフグスの行動を見たバエルもまた、動きを止めた。



「残念ですが、私はその倍以上長生きです。そして、その愛した人と出会ったのが、ちょうど、それくらいの時代ですかね」



 四百年という数字に一瞬だけ眉をひそめた春紀。しかし、それに気付く者は誰一人居なかった。彼の脳裏には、契約者となってから唯一愛した一人の女性の姿が浮かんだ。


 黒い長い髪。ややつり目が似合う顔立ち。赤い着物。女装をした弘孝に容姿が似ているその女性は、春紀の唯一愛した女性であった。


 戦いの最中にふと思い出した最愛の女性の姿。春紀はその瞬間に、儚い笑みを浮かべた。それを見たルキフグスは、自分には向けられていない笑みに怒りを覚え、自身の下唇を噛んだ。ほんの僅かに下唇から血が流れ出し、ルキフグスの口内を血の味に変えた。



「四百年前に好きになった人間なんて、もうこの世に存在する訳が無いじゃないか。日本で言うなら、江戸時代だよ? それってボクが生きていた頃じゃないか」



 原因不明の怒りにルキフグスは、春紀を睨みつけながらやや強めの口調で話す。彼女の感情を理解しているバエルは、悟られないように舌打ちをした。



「確かに、あなたと出会ったのも、ちょうどそれくらいの時期でしたね。そして、皮肉にもあなたは、私の大切にしている花である、月下美人を毒の色に染めながら髪飾りにしていました」



 ルキフグスの心情を知らない春紀は、普段と変わらない口調で会話を進める。しかし、彼女の頭部に視線を移すと、その髪色で思い出した月下美人の花。それは、春紀に小さな怒りを覚えさせた。右手の銃のグリップを強く握りしめる。


 春紀のその行動を合図にし、再度ルキフグスは弓を構え、矢を放つ。弦調べや()調べをしていない状態だったので、呼吸が乱れ、やや不安定な状況だった。春紀も咄嗟に銃を構え、矢をうち落とそうと引き金を引いたが、その前に矢が春紀を襲った。しかし、不安定な矢は春紀の急所を逸れ、頬に赤い線を作った。



「あれは、ボクがルキフグスとして、生まれ変わった時からあったからね。正直どうして、ボクがそれにこだわっていたのか、見当もつかないよ」



 呼吸を整え、箆調べから構えの準備を始めるルキフグス。その隙に春紀が銃弾を放ったが、バエルが魔力で剣を具現化し、ルキフグスの前に立ち攻撃を防ぐ。


 春紀の小さな心情の変化に気付いたルキフグスは、一度自分の髪にそっと触れた。少女の小さく細い手に絡む銀髪は、光りを浴びる度に美しい輝きを放っていた。バエルの背後にいても春紀から見えたその銀髪は、何度も春紀の脳裏に最愛の人を思い出させる。彼の動いていない心臓が、誰かに握りしめられているような苦しみを覚えた。



「それならば、さっさと外してくれれば良かったんですけどね。月下美人はたった一度だけ、満月や新月の夜に咲く花と言われています。そして、それ故に出来た花言葉が、ただ一度だけ会いたい。私は、会えないと分かっていながらも、気持ちを伝えるためにこの花を、大切な人に送りました」



 無意識に口にした過去の話。その後翼を広げて、春紀はバエルとルキフグスとの距離を数メートルまで縮め、ルキフグスの矢を放てる範囲から外れた。銃口の狙いをルキフグスから、彼女を盾のように守るバエルに変える。ゆっくりと引き金を引き、銃弾を放つ。五十口径のガス圧作動方式の自動拳銃は、呼吸の整った春紀の狙い通りの場所へ弾丸を飛ばした。弾丸は、バエルの左肩に直撃し、言葉にならない悲鳴を上げさせた。




「うっ……!」



「バエル!」




 ルキフグスがバエルの肩に触れようとしたが、春紀が再度バエルの肩に向かって銃弾を放つ事により、それを阻止した。二発目の弾丸は、バエルの左上腕に当たり、左手は完全に動きを封じられた。人間の体内に流れる血とそっくりな赤い色の腐敗した体液が、バエルのスーツを汚す。



「二度と会えない事は理解していました。しかし、いつか、彼女が転生して、別の人間へと生まれ変わったら、必ず……必ず見つけ出します。一度だけ会えるだけでもいいですから……」



 数メートルといった近距離で弾丸を放った為、バエルの血が春紀の身体を汚していた。悪魔の血を浴びながらも、笑みを浮かべる春紀。それは、バエルを戦闘不能へとした確信からきたものであった。


 ルキフグスがバエルの左肩に魔力を注ぎ、止血をする。その間に春紀に視線を向け、彼の笑みを見た瞬間、先程の彼の言葉と脳内に月下美人の花が浮かんだ。



「ただ一度だけ会いたい……。それはボクだってあの時——」



 ルキフグスが無意識に復唱した春紀の言葉。その時、ふと、ルキフグスの脳裏にある光景が浮かんだ。


 金髪の青年が自分に月下美人の花を渡す光景。それは、ルキフグスとしての記憶には全く心当たりがなく、契約前の記憶である事と理解するのは容易だった。その光景が何を意味するのか、ルキフグスが理解した途端、彼女の目には大粒の涙が溢れていた。



「ルキフグス様!」



 焼けるような痛みに耐えながら、意中の悪魔の名を叫ぶバエル。しかし、バエルの声はルキフグスに届くことは無かった。バエルの方に注いでいた魔力も途切れ、彼女の手は震えていた。



「違う……。ボクはルキフグス。もう人間の記憶はサタン様の(みそぎ)で消していただいたんだ……。人間だった記憶なんて、必要ない……」



 震えた声で小さく呟くルキフグス。脳内では、記憶に蘇る金髪の青年と、目の前の熾天使の姿が重なる。精神を落ち着かせる為に深呼吸を意識するが、それ以上の感情が邪魔をし、浅い呼吸しか出来なかった。



「お前……ルキフグス様に何をした」



 ルキフグスの異常に気付いたバエルが、左肩の痛みに耐えながら春紀を睨みつける。右手で銃弾が貫通した部分を押さえ、止血を試みるが、それは無意味な行動となり、右手に自身の血を付けるだけだった。



「別に。私はただ、あなたたちとの雑談を楽しみながら、こうやって戦闘を繰り広げているだけですよ」



 バエルの言葉に、春紀は彼を見下すような笑みを浮かべながら返事をする。しかし、涙を流しながら身体を震わせるルキフグスに視線を動かすと、彼女の姿と最愛の女性の姿が重なった。バエルに向けていた見下すような笑みは一瞬で消え、春紀は無意識にルキフグスに向かって儚い笑みを浮かべていた。



「私が月下美人を大切にしている理由を、どうしてあなた方に話したのか、分かりませんけどね」



 ルキフグスに向けられた春紀の儚い笑みと言葉。それを聞いたルキフグスの脳内には、金髪の青年の姿が何度も現れる。


 その青年の顔を思い出した時、ルキフグスの瞳は真っ黒に染まった。焦点が合わず、どこを見ているのか分からない彼女の脳内には、青年の姿が徐々に鮮明になる。


 その時だった。ルキフグスの身体に電撃が走ったような感覚に襲われ、吹雪によって消されていた契約前の記憶が一気に脳裏に蘇った。



「ルキフグス様! 花の契約者の言葉など、耳を傾け無いでください!」



 春紀の笑みを理解したバエルは、想い人であるルキフグスに向かって叫んだ。しかし、バエルの前にいるルキフグスは、全身を魔力で包み込み、バエルの見覚えのない姿へと変わった。



「ありがとう、春紀。全て思い出したよ」



 ルキフグスと全く同じ声色だったが、どこか優しい声色。花の契約者と呼ばず、人間に紛れ込んで生きている時に使う名前で呼んでいた。



「その姿……声……まさか!」



 月下美人を連想させるような明るい髪色ではなく、夜空のような長い黒髪。それに合った黒い瞳。和服が似合うその姿は、春紀が契約者として生きている間、唯一愛していた女性の姿そのものであった。



「そう、私は、六花(りっか)。月下美人を受け取ったあなたの、恋人よ」

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