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182話 鎮魂歌+氷の女王(2)

 聞き覚えのある声。美しい銀髪。闇と毒を混ぜたような色をした和服。春紀の目の前には、お互いに倒せずに長い時間を共にした地獄長が現れていた。ただ、いつも目の前の地獄長が銀髪に付けていた月下美人の髪飾りは無くなっていた。



「やぁ。愛の大天使ガブリエルの熾天使ヘルエル。通称、花の契約者。ボクは、十地獄第一地獄“いと高きものどもの地獄”第三下層地獄長ルキフグスだよ」



 改めて自己紹介するね、と付け足し、微笑むルキフグス。まるで、初対面のような態度をとる彼女に、春紀は違和感を覚えた。一度、銃口をルキフグスから逸らし、戦いではなく、会話を求める態度をしめす。



「ルキフグス……やはり、あなたがここに来る運命でしたか」



 ため息混じりに口を開く春紀。既に下ろされた右手は、現段階で殺意がないことを完全に示していた。それを見たルキフグスもまた、魔力を使って具現化していた矢を消した。残っていた弓を床に置き、殺意がないことを春紀に伝える。



「どうだろう。ボクはサタン様に、ここの人間を殺してこいって言われたから、その命令に従っているだけ。別に君がいるからっていう理由で、来たわけじゃないよ」



 ボクは君にそんなに興味がないからね、と付け足し、口元だけ笑みを浮かべるルキフグス。それを見た春紀は、視線を彼女の顔へ向ける。


 敵だと分かっていながらも、惚れ惚れする銀色の髪。それは、春紀にとって思入れのある月下美人の花を連想させるほど美しかった。



「全ては神が決めること……ですか……。そして、あの闇のような月下美人は、手放したようですね」



 ルキフグスの髪に視線を移しながら、呟く春紀。それを聞いたルキフグスは、蔑むような笑みを浮かべていた。銀色の美しい髪が、彼女の笑みに合わせて揺れた。



「別にあれは、ボクにとって必要な物では無かったからね。お陰でボクとして……ルキフグスとしての仕事に専念できる気がするよ」



 春紀に向かって、ルキフグスが蔑むような笑みを浮かべている時、彼女からは死臭が漂っていいた。それが、悪魔としての威嚇なのか、長年、人間の理から外れて生き続けている故の臭いなのか、ルキフグスには分からなかった。



「人間であった時の記憶が、完全に失われましたか……」



 ルキフグスの言葉を聞いて、表情を歪める春紀。そのまま、下ろしていた右手に力を込める。弾丸の入っていない、五十口径のガス圧作動方式の自動拳銃に魔力を込め、魔力の弾丸を装弾する。



「ボクたち悪魔にとっては、正直、早く消したい記憶ばかりだと思うよ。ね? バエル」



 ルキフグスもまた、春紀の殺意を察知し、氷の地面に置いていた弓を拾い上げ、右手に魔力を使って矢を具現化させる。


 言葉の後半は、春紀には見えていない悪魔に向けて放たれたものだった。ルキフグスの言葉から数秒後、彼女の隣に闇と毒を混ぜたような色をした魔力が、空間を遮るように現れ、その中から一匹の死臭を放つ黒猫が現れた。


 黒猫は、ルキフグスの姿を確認すると、深く頭を下げ、魔力を自身の身体に包み込んだ。死臭が先程よりも強くなり、黒猫の身体が溶ける。すると、溶けた場所から一人の男が現れた。



「えぇ。十地獄第七地獄“死の影”地獄長バエル。ルキフグス様の為に馳せ参じました。……。確かに、契約前の記憶は、我々悪魔にとって、地獄のような日々だと思います。現に、私も、一秒でも早く忘れる事が出来ればと、願っていますからね」



 黒いスーツに茶色のツーブロックの髪。銀色の眼鏡をかけたバエルと名乗る男が、ルキフグスの隣に現れ、忠誠を誓うように膝を着いた。それを見たルキフグスは腰を屈めて、バエルの頬にそっと触れ、微笑む。



「来てくれてありがとう、バエル。ミカエルの加護と、熾天使の魔力の壁で君が入れないのは分かっていたよ。だから、ボクがこうやって破壊して、君を待っていたんだ」



 ルキフグスの笑みに、バエルは頬を赤く染めていたが、それを本人に悟られないように、視線を逸らし、眼鏡に触れる。そんなバエルを見たルキフグスは、満足気な笑みを浮かべると、バエルの頬から手を離し、姿勢を正した。既に両手に弓と矢を持っており、春紀に殺意を向けていた。



「嗚呼……勿体なきお言葉……ありがとうございます」



 バエルもまた、両手に魔力を込め、戦闘態勢に入る。言葉とは裏腹に、殺意の込められた両手は、春紀に向けられていた。


 ルキフグスが一度深呼吸をし、視線をゆっくりと弓と弦を巡らせる弦調べをし、そのまま流れるように、()調べをする。深呼吸から、整った呼吸へと変わり、右手を弦にかけ、左手を整えながら、春紀を見る。


 春紀もまた、右手だけで構えていた、五十口径のガス圧作動方式の自動拳銃を両手で構え、銃口をルキフグスへと完全に向ける。意識を集中させ、七発の魔力を濃縮させ作った弾丸をルキフグスたちに分からないように装弾する。




「立ち話は何ですから、そろそろ始めましょうか。私の勘では、これで私とあなたとの決着がつくと思います」



「奇遇だね。ボクもそう思っていたんだ。ボクと君、どちらかが矢か弾を放ったら、戦いが始まる。そして、どちらかが死ぬまでそれは終わらない気がするよ」




 冬の風と氷の放つ冷気が契約者たちの頬を撫でる。既に絶命している身体を動かしている契約者たちにとって、この冷たさは自身の体温と変わらなかった。



「二対一、随分不利な状態ですね」



 バエルの言葉に、春紀は視線をバエルに移動させる。しかし、両手は一切動かさず、銃口はルキフグスに向けられたままだった。



「なんなら、人間を守るという縛りもありますよ。それに、二対一と言いながらも、私の傍には癒しの大天使ラファエル様直属の熾天使である、レフミエルがいます。二対二と変わりありませんよ」



 春紀はそう言うと、バエルに向かって殺意の込められた笑みを浮かべた。バエルはそれを舌打ちで返すと、視線を春紀からルキフグスへと向けた。



「それなら、心置き無く花の契約者を殺す事が出来るよ。それが、ボクの役目だからね」



 ルキフグスの言葉が終わった瞬間、ルキフグスは構えていた矢を放ち、春紀は人差し指を使って、引き金を引いた。

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