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179話 鎮魂歌+魔界公爵(5)

 飲み干した空の小瓶をテーブルの隅に置き、光に次を飲むように促すアスタロト。彼女の目には、並ぶ五本の小瓶の中で、左右どちらから数えても真ん中にある小瓶は、毒が入っているのが見えていた。


 未だに目にオレンジ色の魔力を灯し続ける光には、全てが毒薬に見え、僅かなヒントを得ようと、更に魔力の量を増やして五本の小瓶を見ていた。しかし、それは逆効果である事は、光は知らなかった。



「君の命も危ないと言うのに、随分余裕なんだね」



 青い液体を飲む度に、余裕の笑みを浮かべるアスタロトに違和感を覚えた光。目に魔力を集中させ、彼女を見たが、彼女の言動に嘘や偽りがあるようには見えなかった。ただ、魔界公爵アスタロトとしての魔力とは別に、ほんの僅かに祥二郎からも見えていた、天使の魔力が彼女の周りに現れていたが、今の光はそれに気付く事は出来なかった。



「あらぁ。わたしは、地獄長の中で戦闘には向いていないわぁ。そんなわたしが役に立てるのは、これくらいしかないでしょぉ? それに、わたしたち地獄長は、サタン様の為に可憐ちゃんを手に入れる。その為ならば、命を捨てても良いくらいの覚悟なのよぉ。特に、わたしとベルゼブブ様の忠誠心は、他の地獄長よりも強いわぁ」



 光の言葉に、アスタロトはやや目を丸くしながら答えた。魔力の仕掛けを見破られたら、形勢逆転されてしまう。その不安をアスタロトの額に滲み出る冷や汗が表していた。手袋をしている手をそのまま使い、額の汗を拭う。



(わたしが先手の時点で、ガブリエルにこのまま魔力を使わせたら、勝ちは確定なのよ。なのに、なによぉ、この不安感は……)



 溜息に見せた深呼吸をし、自身の動揺を無理やり鎮めるアスタロト。右手で拳を作り、力を込める。そうする事で、光に分からないように冷静さを取り戻すことが出来た。


 アスタロトの異変に気付く前に、光は自身から見て一番右端にある小瓶を一つ手に取った。相変わらず魔力を目に灯し、小瓶に異変が無いか凝視していた。



「まぁ、ぼくたち大天使も、可憐が悪魔に奪われないように全力を尽くしているから、お互い様だね」



 ウリエルは少し分からないけどね、と付け足し、光は手にしていた小瓶の蓋を開けて、青い液体を一気に体内に流し込んだ。三度目の緊張感だったが、未だに慣れることはなく、青い液体を飲む度に額から冷や汗が滲み、それを光は自身のカーディガンの袖で拭っていた。



「さぁ、残り四本……。正直、次に君が毒薬を引いてくれると、とても有難いけどね」



 ゆっくりと息を吐き、精神を落ち着かせる光。殺意を向けながらアスタロトを見ていたが、彼女は同様も怯みも無く、見下した笑みを浮かべながら光を見ていた。



「あらぁ、わたしは、もう少しこうやってあなたと、ゆっくりお話したいわぁ」



 光には見えないように拳を作り、僅かに残る動揺を抑えるアスタロト。意図的に話題を作り、まるで自分が何か企んでいるように見せることにより、光がガブリエルの魔力を使い続けるように促す。



「ぼくは、苦しんでいる可憐を一秒でも早く助けてあげたいんだ」



 アスタロトの言葉に、光は睨みつけながら答えた。振り向かなくても分かる想い人の苦しそうな呼吸。それを一秒でも早く取り除いて救いたかったのだ。


 そんな光を見ながら、アスタロトは光が選んだ小瓶があった場所から反対側の小瓶を躊躇いなく選び、蓋を開けた。



「それは、わたしも同じ気持ちよぉ? サタン様の器である可憐ちゃんは、少しでも元気な状態の方が、転生した時に直ぐに動けると思うわぁ。でも、武器を交えないで、こうやって天使と悪魔で会話をするって、滅多に出来ない事だと思うのよねぇ」



 開けた小瓶に口をつけ、無味無臭の青い液体を一気に飲み干すアスタロト。彼女の口元に、青い液体がこぼれることはなく、腐りかけた血だけが彼女の口元を伝い、氷の地面を汚した。



「ほぉらぁ、残り三本……。毒を引き当てるのは、目前よぉ」



 空になった小瓶をテーブルの端に並べるように置き、光に次の小瓶を選ぶように促すアスタロト。そんな彼女を見た光は、特に口を開くことも無くアスタロトが選んだ小瓶の反対側の端の小瓶を手に取った。


 何度目かの小瓶を開ける作業を無造作にすると、そのまま躊躇いなく一気に口にした。無味無臭の青い液体が光の口内を支配する。舌に痺れなどの違和感は特に無く、先程の青い液体と同じものだと認識し、そのまま喉を鳴らしながら飲み込んだ。



「これで残り二本だよ。可能性として二分の一。君の一手で全てが決まるんだね」



 アスタロトを睨みつけながら話す光。未だに彼の目にはオレンジ色の魔力が灯され、二本の小瓶とアスタロトを凝視していた。


 光から見て右側の小瓶。それが毒入りであるということは、アスタロトしか知らなかった。ガブリエルの魔力を使わずに見れば直ぐに分かることだったが、光にはその発想がまず無かった。


 そんな光を見ながら、アスタロトは光から見て左側の小瓶をゆっくりと手に取った。光が魔力を使って小瓶を見るが、相変わらず毒薬に見えていた。



「それじゃぁ、わたしはこっちにするわぁ。わたしが死ぬか、あなたが死ぬか、これで全てが分かるわぁ。なんなら、同時に飲んでもいいのよぉ?」



 小瓶の蓋をゆっくりと開けながら笑みを浮かべるアスタロト。彼女の笑みに反応するように、首元の蛇が舌を出しながら不気味な音を放つ。


 アスタロトの言葉に、光は残りの瓶を手に取った。どれだけ魔力を使って凝視しても、変わらない毒薬のような見た目。それが本当の毒薬の見た目であることは、アスタロトしか知らなかった。小瓶の蓋をゆっくりと開け、飲む準備をする光。既に額には大量の冷や汗が滲み出ていた。


 光の脳内には可憐の笑顔があった。滅多に自分に向けることは無かったが、優美や可憐の両親には向けていた満面の笑み。その笑みをもう一度見たい。自分がその笑みを浮かべさせるような幸せを作ってあげたい。そう思うと、光の目に灯されているオレンジ色の魔力の濃度が倍以上になった。



「可憐は……ぼくが守るんだ!」



 光の大声を覚悟と受け止めたアスタロトは、微笑み、小瓶の中身を飲むようにゆっくりと視線を上に移動させる。それを最大濃度を超えた魔力で見ていた光は、ある別人の魔力に気付いた。


 魔界公爵アスタロトの持つ闇と毒を混ぜたような色ではなく、優しい光りのような魔力。それは、天使である契約者が持つことの出来るものであった。そして、その魔力に光は見覚えがあった。


 更に意識を集中させ、アスタロトから僅かに見える天使の魔力を凝視した。それを見ると、光の脳内にはとある下級天使の姿が映像として現れた。


 Eランクで貧しく暮らす二人の姉妹。一人は桃色髪を肩につかない程度まで伸ばしたの少女、もう一人は紫色の髪を腰まで伸ばしていた大人っぽい少女。桃色髪の少女が自分の食べ物を、紫色の髪の少女に分け与えている所を見ると、恐らく桃色髪の少女の方が姉なのだろう。大人っぽい雰囲気に合わない幼い笑みを、紫色の髪の少女は桃色髪の少女に向けていた。


 ほんの数秒の映像だったが、直接脳内に流れ込んだ光は、我に返ると改めてアスタロトを見た。その姿は、先程見た妹の方に瓜二つであった。その映像と、天界でエンジェを猛が裁いた時に聞こえた最期の言葉。その二つを合わせると、光はある結論に至った。



「……!? 君はもしかして……ナミ……?」

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