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178話 鎮魂歌+魔界公爵(4)

 無味無臭の青い液体が光の口内を満たす。それを躊躇いなく飲み込み、体内に取り込んだ。液体を飲み込む音が、光とアスタロトの耳に聞こえた。


 深呼吸をし、液体が体内を巡るのを実感する。



「……。ぼくも、大丈夫みたいだよ。さ、次は君だよ」



 光もまた、空の小瓶をアスタロトと反対側のテーブルの隅に置く。彼の額には冬の気温だというのに、汗が滲み出ていた。動いていない心臓も、心無しか、締め付けられているような感覚に襲われた。


 一度、冷静さを取り戻すように深呼吸をする光。汗ばむ手をブレザーの下に着込んでいた、クリーム色のカーディガンの裾を軽く握りしめ、拭き取る。


 そんな光を見たアスタロトは、わざとらしくゆっくりと、両手を合わせて拍手をするように音を立てた。



「おめでとぉ。流石に一発目で終わったら、楽しめないわぁ。それに、無理やりわたしから、解毒剤を奪い取ってもおかしくないのに、真面目ねぇ」



 まるで、今すぐにでも力ずくで奪い取れというニュアンスで話すアスタロト。彼女の言葉に違和感を覚えた光は、魔力を使いながら彼女を睨みつけた。すると、彼女の背後から、光が知る中で一番禍々しい魔力が見えていた。



「……。君の身体から、サタンの加護が見えるんだ。それに、ここはサタンが作った世界と言っても、過言では無いからね。可憐を守る為なら、これくらい、合わせるよ」



 アスタロトと解毒剤の入った小瓶を交互に見る光。小瓶の中の赤い液体からは、アスタロトの魔力を感じることは無く、それが純粋な解毒剤であることを証明していた。


 光の視線がアスタロトと小瓶を交互に移動している事を見たアスタロトは、光に分からないように口角をゆっくりと上げた。



「本当、先代のラファエルとは比較出来ないほど可憐ちゃんにぞっこんじゃなぁい」



 先代のラファエル。その単語を聞いた光の視線が一度止まった。小瓶を見ていた視線がアスタロトへと移動し、目をゆっくりと閉じた。数秒間目を閉じると、そのままゆっくりと目を開けた。


 彼の行動を見たアスタロトは、不正をしていないと伝えるように両手を頭上に上げた。光が目を開いたことを確認すると、再度両手をテーブルの上に優しく置いた。



「言ったじゃないか、ぼくは、愛の大天使ガブリエルとしてラファエルを愛していて、光明光として磯崎可憐に恋しているってね」



 儚い笑みを浮かべながら口にする光。彼のその笑みは、アスタロトの動いていない心臓に締め付けられるような苦しさを覚えさせた。



「恋、ねぇ……。わたしにはそんな感情とっくに無くなったわぁ。サタン様への気持ちは、恋ではなく、それを超えた忠誠。あのお方が望むものは、全て手に入れたい……」



 胸の痛みを誤魔化すように、見下すような表情で笑うアスタロト。口元からは、相変わらず腐りかけた血が滴り、彼女の足元の氷を汚していた。


 そのまま光に胸の痛みを悟られないように、無造作に小瓶を一つ選ぶと、そのまま蓋を取り、一気に中の青い液体を飲み干した。口元の腐りかけた血と青い液体が混ざり合い、更に不気味な色となり、氷の床を汚す。


 光がアスタロトから喉を鳴らす音を聞き取った頃には、彼女の口元にあった青い液体は消えていた。視線を口元からアスタロトの顔へと向けると、そこには余裕の笑みを浮かべているアスタロトの姿があった。



「ほら、わたしも大丈夫だったわぁ。残り七本、どんどん確率は上がっていくわねぇ」



 両手を広げ、小瓶に向けるアスタロト。早く選べと言っているようなその動作に、光もまた躊躇いなく一本選び、蓋を開けた。


 そのまま間髪入れずに青い液体を口に入れ込み、飲み込んだ。喉に青い液体が通り去る音が聞こえる。



「……。ぼくも問題ないね。残り六本……確率で言うなら、いつ、どっちが引いてもおかしくない本数だと思うよ」



 空の小瓶を最初に飲んだ小瓶の隣に優しく置く光。額に滲む冷や汗をカーディガンの袖を使い、簡単に拭う。死体独特の冷たい身体に滲む冷や汗は、一度拭いただけで、絶え間なく吹き出ることは無かった。光の目には相変わらずオレンジ色の魔力が灯され、アスタロトと青い液体の入った小瓶を見ていた。


 そんな光に対し、アスタロトは笑みを浮かべ、一度光を指さすように手を伸ばした。



「そう言えば、あなた、契約者になる前の記憶はあるのかしらぁ? 天使って言っても、全て消えている訳では無いと思うのよぉ」



 突然話題が変わり、一度表情が固まる光。アスタロトの言葉を聞いたのと同時に、彼の脳内を支配したのは、シュトラウス二世の皇帝円舞曲。その音楽が脳内で聞こえている中、突然見えてきた映像は、青く小さい可憐な花だった。



「もちろん、全く無いとは言いきれないよ。ただ、それが生前のぼくの何を意味するのかは、検討がつかない程度の記憶かな」



 突然自分の記憶から現れた花を、無理やり消し去るように、張り付いた笑みを浮かべる光。沢山の女性を虜にしたその笑みは、目の前の悪魔も例外ではなく、アスタロトは僅かに頬を赤く染めた。



「ふぅん。わたしたち悪魔は、契約した時点で転生しているから、記憶はあるのよねぇ。ただ、時間と共に薄れていく感じかしらぁ。まぁ、記憶に合っても何とも思わない人生が殆どだと思うし、むしろ、忘れたいものばかりだと思うわぁ」



 瞬時に自分の感情を殺し、魔界公爵らしい見下した笑みを浮かべるアスタロト。視線を光の顔から青い液体の入った小瓶に移す。


 光が選んだ小瓶の隣を取ろうとするような仕草をしたが、一度動きを止めて光が選んだ小瓶の隣の小瓶ではなく、その隣の小瓶を手に取った。


 彼女には、一本だけ明らかに怪しい青い液体が最初に選ぼうとしていた小瓶に見えていた。それは、愛の大天使ガブリエルの真実を見抜く力が無くとも、魔力を見ることができる契約者ならば、簡単に見れるほどのものだった。ただ、ガブリエルの魔力に対してのみ、全て毒入りに見えるように魔力を使っているのだった。



(正直、賭けだったわぁ。でも、あのガブリエルの性格からしたら、まず最初に魔力を使って小瓶を見る。そして、わたしが嘘をつかないかと疑い続ける。それが無ければ、こんな勝負、無意味すぎるものぉ)



 アスタロトはそう内心呟くと、そのまま手に取った小瓶の蓋を取り、中身の青い液体を一気に飲み干した。アスタロトから見たら、何も心配のない青い無味無臭の液体は、簡単に彼女の体内を巡る。



「ほぉら。これで残り五本。折り返しだわぁ」

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