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177話 鎮魂歌+魔界公爵(3)

「ごめんね、可憐……」



 既に意識を失っている可憐に向かって小さく呟く光。しかし、光の声は誰にも届くことは無かった。そのまま、アスタロトとテーブルの前に立ち、小瓶を見つめる。



「うふふ。あなたが先でも、わたしが先でも、どちらでもいいわぁ」



 余裕のある笑みを浮かべながら話すアスタロト。彼女の首元には、光と可憐を毒で苦しめた蛇がこの出来事を傍観していた。



「毒薬は何本入っているの?」



 目にオレンジ色の魔力を灯しながら、小瓶を眺める光。彼の目には、十本の小瓶全てから闇と毒を混ぜたような魔力が見えていた。



「あらぁ。ロシアンルーレットなんだから、一本に決まっているわぁ」



 口元から腐りかけた血を流しながら笑うアスタロト。彼女から放たれる死人の臭いが、光の鼻腔を刺激する。



「全てが毒薬に、ガブリエル(ぼく)には見えるんだけど……」



 何度も魔力を使いながら、並ぶ小瓶を凝視する光。しかし、十本全ての小瓶には、悪魔の魔力が平等に纏われており、全てが毒薬に見えていた。それを見たアスタロトは、両手を軽く合わせ、拍手をする仕草をする。



「さっすがぁ、愛の大天使ガブリエルねぇ。えぇ、そうよぉ。見るだけ(・・・・)ならば、そう見えるように、わたしが魔力を使っているのよぉ」



 数回拍手をすると、アスタロトは一つの小瓶を指先で触れた。その反動で、小瓶の中の青い液体が揺れる。その間も、光は小瓶を魔力を使いながら凝視していた。揺れた小瓶でも、中身の魔力には変化が無かった。



「随分と姑息な悪魔だね」



 光は一度視線を小瓶からアスタロトに向け、軽く睨みつける。完全に朱色に染まった瞳は、アスタロトに殺意を向けていた。



「あらぁ? どれが毒薬か見抜けるあなたと、こんな事しても、無意味じゃなぁい? 立場を平等にしただけよぉ」



 合わせていた両手を頬に当てながら笑うアスタロト。彼女が笑う度に口元から腐りかけた血がこぼれ、足元の氷を汚していた。そんな彼女を光は未だに睨みつけていた。目にはオレンジ色の魔力が消えることなく灯される。



「……。ミカエルから聞いたよ。君は、過去と未来を見ることが出来るって。互いに飲んだ未来を見て、毒薬か否かを判断する事だって出来るじゃないか。それこそ、不平等だよ」



 視線を小瓶からアスタロトに向ける光。未だに消えない目の魔力から映るアスタロトは、一瞬だけ俯いていたが、すぐさま先程の余裕のある笑みを浮かべていた。



「……。その力は何故(なぜ)か分からないけど、失ってしまったのよぉ。今のわたしでは、それは出来ないわぁ。嘘じゃないのぉ。そもそも、契約者は人間では無いのだから、嘘が付けるのはサタン様(あのお方)だけよぉ。優美ちゃんが、あのお方の名を名乗れたのは、わたしがあのお方の声を、優美ちゃんに似せていただけぇ。あの子は何も嘘はついていなかったわぁ」



 アスタロトの口から出た既に消えた契約者の名前。光は彼女の名を聞いた時、Aランクでの出来事を思い出した。目の前で砂となり、消えた親友だったものを抱きしめる想い人の姿。涙を流す想い人の顔を思い出すと、光の動いていない心臓に、鉛を埋め込まれたような息苦しさを覚えさせた。


 一度振り向き、可憐の方を見る光。呼吸は未だに浅かったが、それ以上悪化することも無く、氷の地面のせいなのか、汗も止まっていた。


 再度視線をアスタロトに向ける光。彼女の言葉の信ぴょう性を確かめるように魔力を通して彼女を見た。アスタロトの口から嘘をついているような魔力の変化は、全く見えなかった。



「さぁ、おしゃべりはここまでにして、早く勝負をしましょぉ? いくら致死量ではないと言っても、苦しそうよぉ? 可憐ちゃん」



 光の視線が可憐に移動したのを見たアスタロトが、煽るように小瓶を突く。それを見た光は目に魔力を灯したまま、小瓶とアスタロトを交互に見ていた。



「……。君が先に一本飲んでくれないかな? どうしても、全部に毒が入っているように見えるんだ。ぼくを先に飲ませるように仕向けて、一回で殺すようにしか、考えられないからね」



 相変わらず腐りかけた血をこぼしながら話すアスタロトに、光は朱色の瞳で睨みつける。光の言葉にアスタロトは小さく笑った。その笑い声は、光がアスタロトを七海として初めて出会った時と変わらない、あどけない笑みだった。



「うふふっ。あなたがそう言うなら、そうするわぁ。どれにしようかなぁ……」



 アスタロトが数え歌を歌いながら、小瓶を順番に指さす。それを光は魔力を灯した目で凝視していた。数え歌を歌い終わったアスタロトが、光から見て右側から三番目の小瓶を、親指と人差し指を使って持ち上げた。



「これにするわぁ。ほら、よぉく見てちょうだぁい。ガブリエルの魔力を使ってでも、毒薬にしか見えないはずよぉ?」



 小瓶の中の青い液体を揺らしながら笑うアスタロト。彼女の笑みは、先程のあどけない笑みではなく、魔界公爵に相応しい、余裕のある笑みであった。


 彼女に言われた通り、光はアスタロトが持っている小瓶の青い液体を魔力を使って凝視した。それは、青い液体である以外に、闇と毒を混ぜたような魔力が溶け込んでいるように見えた。



「……。確かに、悪魔の魔力が物凄く凝縮されているような感じに、ぼくは見えるかな。飲んだりしたら、いくら悪魔でも命は無いくらいのね。これを天使であるぼくが飲んだら、血を吐きながらこの世から消えてしまいそうだよ」



 小瓶を見た正直な感想をアスタロトに述べる光。ブレザーのネクタイを軽く正し、無意識に浅くなった呼吸を整える。それを見たアスタロトは満足気に微笑んだ。



「うふふ。やっぱり、ガブリエルにわたしの魔力を見破る事は不可能みたいねぇ。まぁ、わたしは、それ以外の使い道が無いから、これくらい結果を出さないと、あのお方に失礼だわぁ」



 左手の指を使い、小瓶を軽く摘み、右手を使って小瓶の蓋を摘み、小瓶を開けるアスタロト。中の青い液体が開けた拍子で揺れていた。



「まだまだ、小瓶はあるものねぇ。では、わたしからいくわよぉ? いただきまぁす」



 アスタロトが小瓶にそっと口付け、傾けた。彼女の口の中に青い液体が一気に注ぎ込まれた。それを一口で飲み干すアスタロト。喉が鳴り、誰が見ても液体を飲み込んだ事を証明する。


 小瓶の中身を全て飲み干したのを示すように、アスタロトは小瓶をひっくり返し、数回左右に振った。彼女の表情は何一つ変わっていなかった。



「ご馳走様ぁ。ほぉら、ただの液体だったでしょぉ? 魔力を使って、表面上は毒薬に見えるだけのものよぉ。別に天使だから、悪魔だから影響するというものでもないのよぉ」



 飲み干した小瓶をテーブルの隅に置くアスタロト。彼女の口からこぼれているのは、青い液体ではなく、腐りかけた血のみだった。それを見た光は、自身から見て一番右側の小瓶を手に取り、蓋を開けた。



「確かに、サタン以外は嘘が付けないのは理解したよ。……。仮にぼくが、毒薬を引き当てて飲んでしまっても、その解毒剤は可憐に飲ませてくれるんだよね?」



 蓋をテーブルに置き、アスタロトを見る光。アスタロトはゆっくりと頷いた。



「えぇ。可憐ちゃんが死ぬというのは、どちら側にもデメリットしかないわぁ。あなたが毒で死んでも、可憐ちゃんは、サタン様との契約を約束してもらって、解毒剤を飲ませる予定よぉ。わたしとあなた、どちらが勝っても可憐ちゃんは毒から助かるわぁ」



 首に巻き付く蛇の頭を撫でながら話すアスタロト。光は、そんな彼女を魔力を使って見た。相変わらず魔力の変化は見られなかった。



「……。その言葉、同じ契約者として信じるよ」



 それだけ言うと、光は一度振り向き、浅い呼吸で眠る可憐を見た。誰にも向けていない儚い笑みを浮かべる光。



「命に変えてでも、ぼくは君を守るよ」



 光は誰にも聞こえない程の声量で呟き、小瓶の青い液体を一気に飲み干した。

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