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175話 鎮魂歌+魔界公爵(1)

「これは……」



 光が飛び立ち、初めてSランクを上空から見た可憐は絶句した。ほぼ白と直線のみで作られていたような建物は、氷に閉じ込められ、空調を完備する為に作られた、ドーム型の強化ガラスは全て破壊されていた。


 最新の科学技術を全て利用した世界は、可憐の視界から消え、そこにあったのは、Aランクで体験した、親友を失った世界にそっくりであった。



「弘孝君がAランクで起こした事にそっくりだね。でも、今回はもっと、悪意のある魔力で出来ているよ」



 光がオレンジ色の魔力を自身の目に灯し、氷柱を見た。そこには、光の視界で把握出来る全ての氷に吹雪の魔力が込められていた。



「弘孝君は、おそらく可憐を守るために咄嗟に出た魔力だったから、氷に悪意は見えなかったんだ。範囲も、可憐たちの周辺くらいだったしね。でも、今回のサタンがやった事は、可憐を絶望させるためにやっているから、Sランクをほとんど氷で埋めつくしているし、氷から悪意がただ漏れだよ」



 光の言葉に可憐は、そう、と簡単に返事をすると、光に抱きしめられている為、可能な限り再度辺りを見渡した。何度見ても変わらない氷の世界は、可憐のラファエルとしての感情を怒りに変え、サタンとしての感情に懐かしさを覚えさせていた。


 そんな今までに味わったことの無い、感情の混じりを吐き出すかのように可憐は一度深呼吸をした。冬の冷たい澄んだ風が彼女の気管支と肺を冷やす。すると、体の内部が冷えきり、反射的に震えた。



「寒い?」



 可憐の震えを抱きしめている手で感じ取った光が、視線を可憐に移動させ、尋ねた。六枚の翼が高度を保つ為に羽ばたき、可憐の耳に雑音を残す。



「いいえ。久しぶりの自然の空気に驚いただけよ」



 翼の羽ばたきが、僅かに二人に風を送る。冬の風は、契約者の身体を更に冷やし、人間の身体を冷たくした。




「ぼくたち契約者は、そんな感覚も無くなっちゃったからね。人間としての感覚で残っているものは、痛みくらいかな。だから、寒かったらすぐに言ってね」



「そうなの。確かに、契約者は動いている死体のようなものだものね。それでも、痛みだけは引き継ぐなんて……随分、皮肉なものね」




 冬の空の中での二人の会話。それは、人間らしくないものであった。冬の風が二人の頬を撫でる。


 光の翼が何度目かの音を立てた時、可憐が無意識に彼を握りしめている手をさらに強く握りしめた。



「怖いかい? 契約者になるのが」



 無意識に光が可憐に尋ねた言葉。それは、口にした光自身が一番驚いていた。思わず口にした事により、一度視線を可憐から逸らす。しかし、可憐はそんな光を気にもせずに首を横に振った。



「いいえ。私は、生まれながら天使か悪魔、どちらかになる運命だったのでしょ。記憶が無くなるのならば、失うものは何も無いわ」



 可憐の言葉に光は思わず視線を彼女に戻した。それと同時に出たのは、慰めや謝罪の言葉ではなく、苦笑だった。




「ははっ。随分君らしくない言葉だね」



「私らしくない?」




 光の言葉を瞬時に復唱する可憐。光から落ちないように、両腕を彼の首に回しているので、範囲が限られていたが、首を傾げた。


「うん。運命なんて、可憐らしくないなって思ったんだ。初めて出会った時の君は、随分と現実主義だったじゃないか。それが今は、こうやってぼくの言葉を聞いてくれるし、君の言葉も、契約者に基づいたものが増えたなって」



 儚い笑みを可憐に向けながら話す光。彼のその笑みの理由が分からない可憐には苦笑に見えていた。



「そうね。運命という言葉は、正直あまり好きではないわ。占いや、小説でしか見たことないもの。でも、今は何となく、この言葉が一番最適なのかしらって、無意識に思っていたわ」



 まるで私の言葉ではないみたい。そう可憐は付け足そうとしたが、それを言ったら自身を否定しているような感覚に襲われたので、意識して口を閉じた。それを知らない光は、再度儚い笑みを可憐に向けていた。



「そうなんだね……。そういえば、こうやって二人で話したのも、随分久しぶりな感じがしない?」



 光の突然の話題の変更に、可憐は一瞬だけ戸惑い、数回(まばた)きをしたが、直ぐに普段の表情に戻った。



「Aランクでは、弘孝と三人が多かったわね。二人でゆっくりってなると、Eランクで皇帝円舞曲を一緒に踊った時以来だわ」



 冷静に事実だけを述べるような声色の可憐。彼女の脳内には、Eランクで光と踊った場面が蘇る。それは、初めての舞踏であり、初めて光の手を自ずから取った瞬間だった。あれから光の顔を見ると妙な安心感を覚えていた。その感情の正体は、今の可憐には分からなかった。視線を光から逸らし、髪で光に表情を伺えないようにする可憐。


 そんな彼女を見た光は、彼女には見えていなかったが、何度目かの儚い笑みを見せた。



「そうだね。あれから、君はすごく素直になった気がするよ。もしかしたら、今ならぼくの気持ちが——」



 光が本当の気持ちを伝えようとしたその時だった。突然、氷柱の隙間から蛇が現れ、光の翼の一枚に噛み付いた。蛇はそのまま、噛み付いた牙から、光の翼に毒を送り込む。



「うっ……!」



 蛇の持つ毒が翼から光の全身へと回り始めた。視界が不安定になり、翼の色も白から噛み付かれた場所から流れる血の赤と、蛇の毒の色へと変化した。



「光!?」



 光の異変に気付いた可憐が、慌てて両手に魔力を込め、光に注ぎ込む。しかし、その前に光の翼を噛み付いていた蛇が、可憐の方へ移動し、彼女の首を一度だけ噛み付いた。蛇の毒が瞬時に可憐の全身に回り、溺れて酸素を失ったように気絶した。



「可憐!」



 光もまた、可憐からもらった魔力を使い、最低限の飛行を可能にする為に翼を羽ばたかせる。しかし、完全に回復する程の魔力を貰う前に、蛇が可憐に噛み付いた為、飛び続けるのは困難だった。


 そのまま光は数回白い翼を羽ばたかせると、二人とも氷の地面に直撃だけは避けるように滑空した。徐々に高度を落とし、やや不安定ながらも、光は両足を氷の地面に着地させ、六枚の翼を光りに変えた。自身の腕の中で気絶する想い人の顔を覗き込む。冬の気温のなか、可憐の額には汗が滲み、呼吸が浅くなっていた。



「可憐! 可憐!」



 何度も腕の中で苦しむ想い人の名を呼ぶ光。しかし、可憐はそれに返事をする余裕はなく、ただ、浅い呼吸を繰り返すだけだった。


 その時だった。氷柱の間から、蛇を放った犯人が光たちの前に現れた。



「随分苦しそうねぇ、可憐ちゃん」

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