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171話 鎮魂歌+転生(5)

「可憐!」



 ガラスの破片が雨のように降り注ぐ。可憐の小さな悲鳴が聞こえた光は、ガラスの破片から可憐を守るように抱きしめ、自身の六枚の翼を傘のように広げた。


 他の契約者たちも、翼を使い、自身や人間をガラスの雨から守っていた。


 経験したことの無いガラスの雨は、可憐に恐怖心を与え、光の胸元に無意識に顔を埋めていた。凶器が降り注ぐような出来事に、身体が寒くもないのに震えていた。それを誤魔化すように更に光の胸元に顔を埋める。契約者独特の冷たい身体が、何故か今の可憐には温もりを感じ、恐怖心を和らげる。


 光はオレンジ色の魔力を翼に込め、ガラスの破片が当たっても、翼が傷つく事は無かった。両腕を使い、可憐の頭と背中をやや強く抱きしめ、少しでも自分に密着させる。大丈夫だよ。そう可憐にだけ聞こえるような小さな声で呟き、未だに震える想い人の恐怖を少しでも拭い去ろうとそっと頭を撫でた。



「光……」



 可憐が再度口にした契約者の名。彼の名を呟くと、不思議と安心感を得られた。ガラスの雨の音で彼が言ってくれた大丈夫という言葉は、自分にしか聞こえていないであろうと思うと、可憐は無意識に光のブレザーの裾を握りしめていた。


 数秒後、ガラスの雨はおさまり、視界が晴れる。完全にガラスがこれ以上降ってこないと確信し、光たちは翼を一度広げ、視界を確保する。すると、そこには先程まで見えていたSランク独特の人工的な建物はどこにもなかった。



「嘘……」



 光の翼を広げる音を聞いて、安全を確信した可憐は、一度彼の胸元から顔を外し、辺りを見渡した。そこには、白で統一された世界ではなく、氷で支配された世界が辺り一面に広がっていた。


 自分が触れていたところ以外は氷で覆い尽くされている床。そびえ立つ沢山の氷柱。まるで氷で出来た森のようなこの景色は、可憐に見たことは無いが記憶にある、とある場所を連想させた。



氷結地獄(コキュートス)……」



 ラファエルの記憶として夢で見たウリエルの作った地獄。しかし、記憶で見た以上に妙に親近感が湧いていた。体内に潜むラファエルではないもうひとつの何かが、それを本能的に証明していた。


 そんな可憐を見た吹雪は、再度翼を大きく羽ばたかせた。すると、次は可憐たちからは遠く離れた場所に氷の山を作り上げ、その上に氷の玉座を生み出した。



「オレはあそこで待っている。お前が天使としての運命を選ぶならば、自力で来てオレを倒してみろ。だが、サタン(オレ)の器を選ぶなら……何時でも迎えに行ってやるぜぇ?」



 氷の玉座を指さしながら可憐を見る吹雪。白い歯を見せながら笑みを浮かべるが、やはり目は笑っていなかった。


 そんな吹雪に向かって可憐は自身の右手を心臓の位置へ移動させ、全身をエメラルドグリーンの魔力で包み込んだ。



「私は、あなたの器にはならないわ! 私は、私、磯崎可憐としての道を選ぶ!」



 可憐が吹雪を睨みつけながら叫ぶ。彼女から放たれるエメラルドグリーンの魔力が、地獄長たちを襲った。反射的に弘孝と皐月は翼と羽を使い、身体に直接魔力を浴びる事を防ぐ。それを見た吹雪が魔力を込めた翼を大きく羽ばたかせた。魔力が翼から放たれ、可憐の魔力とぶつかり合い、相殺された。


 未だに彼女の瞳は魔力と同じエメラルドグリーンへと変化していた。



「それでこそ、裏切りの大天使の器として相応しい」



 吹雪はそれだけ告げると、再度十二枚の黒い翼を羽ばたかせた。そのまま身体を宙に浮かせ、玉座の方へ飛び立った。


 吹雪が飛び立つのを確認した皐月も、六枚の羽を動かし、吹雪と同じ方向へ飛び立った。


 弘孝もまた、皐月たちの後を追うように翼を広げた。しかし、その後可憐の顔が視界に入ると、一度だけ動きを止めた。



「弘孝!」



 想い人が自分の名を叫ぶ。反射的に声の主の方へ顔を動かす弘孝。未だに光に軽く抱きしめられている状態の想い人を見た弘孝は、小さく舌打ちをした。



「もう、幼なじみには戻れないのね……」



 初めて見た幼なじみの舌打ちをする光景。光と対のような黒い六枚の翼。幼い頃から変わらない、腰よりも下にある長い黒髪。アメジストのような美しさを持つ紫色の瞳。


 全て弘孝としてのものでもあったが、悪魔としての呪いでもあった。そんな弘孝を可憐は不覚にも美しいと思ったが、口にすることはなく、彼が放つ負の魔力をただ見つめていた。



「地獄長として僕のものになるか、絶望の底で僕の人形となるかの二択だ」



 そんな可憐を見つめていた弘孝は、一度だけ可憐に手を差し出そうと僅かに右手を動かしたが、差し出すこと無く、元の位置に戻す。


 紫色の瞳に映るのは、運命の相手である光の腕に抱かれる想い人の姿。その姿に、思わず唇を強くかみ締め、僅かに血を流した。



「弘孝の人形……」



 可憐は無意識に弘孝の言葉を復唱した。今まで言われた事のないその言葉は、可憐の心臓に鉛の塊を埋め込んだような気持ちを覚えさせた。スカートの裾に手を移動させ、ゆっくりと握りしめた。



「悪魔となる道を選ぶなら、僕は今までと同じようにお前を——」



 弘孝の可憐に向けて言った最後の言葉は、弘孝が自身の翼を動かす音により、後半はかき消されて可憐に届くことは無かった。そのまま弘孝も、吹雪の玉座の方向へ飛び立った。



「待って! 弘孝!」



 可憐の声は弘孝に届く事は無かった。ただ、彼が残した一枚の黒い羽根がゆっくりと落ちていった。

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