170話 鎮魂歌+転生(4)
一度床に突き刺していた剣を再度手に取り、吹雪に剣先を向けるように構えるウリエル。彼が剣に触れた途端、ルビーレッドの魔力が剣に纏っていた。そのまま、吹雪を殺意を込めて睨みつける。
「転生早々、随分と頼りになるな。今回のウリエルは」
猛がウリエルが生前に持っていたダガーを落ちていた床から拾い上げる。ゴールドの魔力を僅かに込めると、そこにはウリエルがジンとして生きていた時に契約をした映像が猛の脳内に流れ出た。
契約内容は“弘孝の正気を取り戻すくらい殴りたい”。その結果として、ジンは弘孝と引けを取らないくらいの魔力を持ったウリエルとして転生していた。猛が正式に契約をしていなかったので、完全な契約としての自信が無かったが、ダガーから感じ取れるジンとしての覚悟を受け取った時、本物の契約であったと確信した。
「これも神が決めることか」
そう猛は呟いたが、これを聞き取れる者は誰一人いなかった。
ウリエルと猛のやり取りをを見た吹雪は、不敵な笑みを浮かべていた。十二枚の黒い翼を動かし、音を立てる。
「ブブの話だと、契約してねぇって聞いたんだけどなぁ?」
視線を一度、ウリエルから隣に立つ皐月に向ける吹雪。彼の言葉を聞いた皐月は、目を見開き、この世の終わりのような恐怖を抱くように震えていた。
「……。申し訳ございません」
震える声で、精一杯の謝罪の言葉を述べる皐月。床に膝を着き、頭を下げる。
それを見た弘孝が皐月をゴミを見るような目で見た後、視線を皐月から吹雪へ移した。紫色の瞳が地獄の長を映す。
「禊が必要か?」
弘孝の禊という単語に皐月が更に震えていた。まるで、捕食される前の小動物のように小刻みに怯える皐月は、蝿の王らしくなく、ただ一人の少年だった。
それを見た吹雪が弘孝に向かって首を横に振った。
「んーや。契約がどうであっても、目の前でウリエルが転生した事には変わりねぇからなぁ。それに、今はそんな暇はねぇよ」
吹雪の言葉を聞いた皐月が安堵の息をもらす。一方、弘孝は、そうか、と簡単に返事をするだけで、皐月に視線を移すことは無かった。吹雪に向けていた視線をウリエルに移す。ウリエルと弘孝の視線がぶつかった時、ウリエルが制帽を一度ずらし、改めて弘孝を見た。
「オマエ、どっかで見た気がするツラだなぁ」
ウリエルの切れ長な目が弘孝を捉える。それを聞いた弘孝は、見下すように小さく笑った。
「記憶に無いならそれでいい。どうせお前は僕に殺される。そして、僕は可憐を僕のものにする」
弘孝の殺意が込められた視線がウリエルから可憐へと移される。紫色の瞳に映るのは、光に肩を触れられた状態で、弘孝を見つめる可憐の姿。彼女から見えるエメラルドグリーンの魔力と鮮やかな瞳に対し、弘孝は小さく舌打ちをした。
「その忌まわしい運命、僕が消してみせる」
弘孝の言葉に、ウリエルは小さな笑い声を漏らした。一瞬だけ、可憐と光に視線を移し、再度弘孝を見つめた。六枚の白い翼を動かし、音を立てる。
「んだよ。ラファエルとワケアリなカンケーか」
ウリエルの言葉を聞いた弘孝は、先程のウリエルと似た小さな笑い声を漏らした。彼もウリエルと同じように六枚の黒い翼を動かし、音を立てた。
「十年間の片想いを、受け取って貰えなかっただけだ」
ウリエルを一度睨みつけ、その後視線を可憐と光の方へ向ける弘孝。本来なら、自分が光の居る場所にいたかったという嫉妬心を込めながら光を睨みつける。知らぬ間に消していたバイオリンを、再度魔力を使い具現化しようと弘孝が右手に魔力を込めた。
しかし、それを吹雪が左手を弘孝の前に出すことにより、制した。
「……。どういうつもりだ」
弘孝の視線が光から隣に立つ吹雪へと移る。吹雪の行動により、弘孝の武器であるバイオリンを具現化しようとしていた右手の魔力が消えた。それを確認した吹雪は、視線を弘孝から光たちへ向けた。
「折角向こうも四大天使が揃ってんだぁ。もっと派手に殺ったほうがいいだろぉ?」
吹雪の視線が光たち大天使から、可憐に絞られる。彼女から無意識に溢れ出る慈悲深いエメラルドグリーンの魔力と未だに黒に戻らない彼女の瞳を見て、一度舌打ちをした。
それを見た光が、可憐の肩をやや強く掴みながら、吹雪を睨みつけた。瞳の色は既に黒から赤へ変わっていた。
「可憐はまだ契約もしていない! 彼女はまだ人間だ!」
鮮やかな朱色の瞳の光。しかし、可憐を想う言葉を口にした時のみ、一瞬だけ瞳の色が黒へ戻っていた。しかし、それに気付く者は誰一人いなかった。
「光……」
光の言葉を聞いた可憐は無意識に彼の名を呟いた。ジンから戦いの大天使ウリエルへと転生した時に、彼に自分から言った、器という単語が胸にひっかかる。その胸の違和感を、光の言葉が無意識に取り除いていた。まるで、流れる水の中に手を入れ、汚れを洗い流してくれたような感覚に、今度は別の違和感に襲われた。
そんな二人を見ていた吹雪は、再度舌打ちをして、光を睨みつけた。全てのことに興味がないような冷めた瞳だったが、確実に光に殺意を向けていた。
「んなの関係ねぇ。ラファエルとサタンの器である事に変わりねぇんだからなぁ!」
この言葉を境に、吹雪は、一度十二枚の黒い翼を大きく羽ばたかせた。翼の動きに合わせて、彼から闇と毒を混ぜたような色をした魔力が、吹雪を中心に広範囲を包み込む。
するとSランクの空調や気温を全て人工的に包み込んでいた強化ガラスが全て割れた。