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162話 鎮魂歌+報復(4)

「ぼくは光明光であるけど、それ以前に愛の大天使ガブリエルには変わりないんだ。既に死んでいるぼくは、可憐と光としては結ばれる事は有り得ないんだよ。でも、君は違う。人間として生きていた君ならば、彼女がラファエルであるという立場とか一切関係なく、思いを伝える事や一緒に時を過ごす事も出来たんだ。それがぼくには出来ないことで、凄く羨ましかった……」



 黒い瞳のまま弘孝を見つめる光。光りを失っていない光の瞳は、可憐を守ると決心する気持ちと同時に、目の前の悪魔に対する憧れを抱いていた。



「随分贅沢な我儘だな。いくら人間として生きていても、僕がウリエルの器であり、お前がガブリエルである以上、僕は可憐と結ばれる運命ではないんだぞ。どれだけ想っていようが、どれだけ時間を共に過ごそうが、手に入れる事が出来ない。いつか現れる運命の人(ガブリエル)と可憐は結ばれる。そんな可憐が、僕以外の奴と愛し合う姿を眺め続ける苦しみは、お前には分かるまい」



 弘孝もまた、宝石のような輝きを持つ瞳で光を見つめていた。光と同様、弘孝の瞳は、かつて仲間であった敵を見ながら、可憐を自分のものにするという決意と、結ばれる運命である光に対する憧れを抱いていた。



「お互い……無い物ねだりみたいだね」



 瞳の色を再度朱色に染め上げ、弘孝を睨みつける光。彼の瞳の変化に気付いた弘孝が、バイオリンを演奏する姿勢をとった。



「どちらにしても、今は倒した方が可憐の運命を手に入れる事が出来る」



 弘孝がバイオリンの弦をゆっくりと動かす。序盤は弘孝にしか聞こえないくらいの僅かな音色だったが、時間とともに徐々に大きな音色となった。


 演奏されていたのは、弘孝の思い入れのある曲である皇帝円舞曲。しかし、弘孝はわざと正しい譜面表記からややズレた演奏をする事により、不快感と不安感を混ぜ合わせたような演奏をしていた。それが光の耳に届き、体内から悪魔の魔力を侵食させた。



「ぐはっ!」



 突然、光の体内に異物が入り込んだような嘔吐感に襲われ、思わずこみ上げきた液体を口から吐いた。胃液が混ざった血液が床を汚した。


 立ち上がる事もままならないほど、内蔵が痛みだし、床に膝を着く光。自分の吐瀉物により、喉も焼けるような痛みに襲われていた。


 それを見ていた弘孝は、一度視線を光から皐月へと移した。そこには、魔力で剣を具現化し、攻防戦を繰り返す皐月と猛がいた。時折、皐月が左手で魔力を放ち、攻撃をしていたが、猛はそれをジンや光に当たらないように剣で弾いていた。



「ベルゼブブ。いつまで苦戦している」



 二人の戦いを見てため息をつきながら、弘孝は皐月にこっちに来い、という命令を意図するように弦を持ったまま、簡単に手招きした。それを見た皐月は、六枚の羽を使い、弘孝の隣に飛び立った。



「……。禊が無ければとっくに殺ってたってー」



 口元から血を流しながら反論する皐月。短い呼吸を繰り返し、口元の血を左手で拭った。



「魔力放出の攻撃は魔力の無駄遣いに近いだろ。魔力の使い方がなっていないだけで、禊は関係ない」



 その禊も自業自得だ、と付け足し、弘孝は皐月の背中にそっと触れた。すると、瞬時に皐月の骨が砕けていたような痛みが消えた。それが上に立つ者の慈悲なのか、兄としての煽りなのか、皐月には分からなかった。


 弘孝の言葉に皐月は小さく舌打ちをする。そのまま、右手に持つ剣を改めて握りしめ、剣先を猛に向けた。



「っつーことでー。オレと兄貴でミカエルとガブリエルを殺すー。んで、ウリエルの器も殺って、あの方と可憐ねぇを契約させるー」



 皐月の悪魔の魔力と同じ色をした瞳が猛と光を映す。その瞳にも殺意と悪意の混ざった魔力がこぼれ、涙のように頬を伝っていた。


 一度だけ、猛に向かって魔力を放ち、攻撃する。猛はそれを剣で弾き返そうとしたが、弘孝が皐月の攻撃に僅かに魔力を当て、方向を変えた。予想外の動きをした魔力は、猛の背後に居るジンの腹部に直撃した。




「ジン!」


「うぐっ! 」




 猛の叫び声とジンの嘔吐を我慢する声が重なる。痛みの反動で、握りしめていたダガーを手放し、床に落とす。幸い、猛が反射的にジンを魔力で全身を包み込む事により、致命傷までのダメージは無かった。


 光もまた、自身の痛みに耐えながらジンを見ていた。立ち上がりたかったが、未だに痛みが癒えない身体が許さなかった。



「ジン君!」



 弘孝による皐月のダメージが回復していたのを見ていた光は、自身の魔力を使い、立ち上がれるまで回復させる。ラファエルの魔力を持たない光にとって、これが精一杯だった。


 そんな四人を猛に守られながら見ていたジンが先程の皐月の攻撃から立ち上がれるまで呼吸を整え、回復したのを確認すると、ゆっくりと口を開いた。



「いいぜ……。やってやんよ……」



 一度落としていたダガーを拾い上げ、構えるジン。グリップを強く握りしめる音が僅かに聞こえた。



「オレは一匹オオカミだった。それを弘孝が変えてくれた。ナカマができた。ヨメもムスメもできた。……大切な人を失う悲しみも味わった……。全部オマエが居てくれたから、味わえたケーケンだ」



 一度、持ち方を順手から逆手に変え、ジンは持っている猛のダガーに軽く口付けをした。リップ音がジンの耳に聞こえた。ジンの口付けを通し、ジンの持つ猛のダガーからゴールドの魔力が炎のようにダガーとジンを包み込んだ。


 全身が燃えるように熱を帯びる。それを魔力が見えていないジンは自分の感情による熱だと自己解釈すると、右手に持つダガーを数回回転させ、順手に構え直した。



「そんな沢山のタイセツをくれたオマエが間違った道に行っちまったなら、正すのもシンユーの仕事だろ? オレがオマエを一発ぶん殴ってやるよ、弘孝」

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