表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/234

160話 鎮魂歌+報復(2)

 制止している光の手を無理やり離し、ジンはダガーを構え、皐月に向かって突っ走った。Eランクで嫌でも身体に染み込んだ相手を苦しめ殺す姿勢に、ダガーを傾ける。



「ジン! 落ち着け!」



 猛の声は怒りがこれ以上にないほど湧き出たジンには聞こえなかった。ただ、無謀に皐月に向かって走るジンに、皐月は兄にそっくりな笑みを浮かべていた。



「ふーん、自分から死にに来てくれるなんてさー、賢いやつじゃんー?」



 六枚の虫の羽を羽ばたかせ、音を立てる皐月。ジンの構えるダガーには、僅かに裁きの証であるゴールドの魔力が纏われていたが、魂の解放まで出来るほどの量ではなかったので、皐月は素手で受け止めるように魔力を両手に込めた。


 皐月の腹部にジンはダガーを刺そうとした直前、猛がそれを阻止するかのように、六枚の翼を使い飛び上がり、二人の間に降りた。


 皐月がそのまま魔力の込められた両手を猛に向かって振りかざす。猛はそれを自身の剣で受け止めた。



「だから落ち着けと言っている。契約もしていないお前が死んだら、ウリエルの魂がまたさ迷う事になる」



 猛の剣に纏わせたコバルトブルーに近い紫色をした魔力と、皐月の両手に込められた闇と毒を混ぜたような色をした魔力がぶつかり合い、混ざる。互いの魔力が完全に相殺し、目の前から消えたのを確認すると、皐月と猛は羽と翼を使い、距離をとる。


 猛の言葉を聞いた皐月は、ゆっくりと口角上げ、小さな笑い声をあげた。相変わらず弘孝に似ている瞳はジンを映していた。



「ふーん。まだ契約前だったんだー。てっきりー、契約して魔力を手に入れてー、あとは死ぬだけなんかと思ってたけどー、ハズレだったみたいー。って事はー、ウリエルが契約する前にオレが殺せばウリエルは転生しないー。いいこと聞いたー」



 ジンは猛に半分抱き抱えられるようにされ、皐月から距離を取ると、光の隣に雑に降ろされた。皐月とジンの間に常に猛が割り込むような陣形を取り、皐月の視界からジンを隠す。



「俺の今のパートナーはお前だ、ジン。俺は何があってもお前を守る。そして、お前の強い願いを叶える」



 猛の言葉に、ジンは小さく笑った。猛の背中で隠されて見えないが、確実に自分に向けられている殺意を察知し、ダガーを構える。



「はっ。前までは弘孝がパートナーだったのに、もう変えたんかよ。ウワキショーめ」



 ジンの言葉に、勘違いされるような言い回しはやめろ、と小さく愚痴をこぼす猛。その間に皐月が一気に距離を縮め、魔力で剣を具現化し、猛に向かって振りかざした。猛もまた、魔力を纏った剣で対抗し、受けとめる。耳が痛くなるような高い金属音が響いた。


 そんな二人の間に光が皐月に向かって剣を振りかざして応戦する。しかし、猛よりも剣術が器用ではない光の攻撃は、簡単に皐月に読まれ、六枚の羽を使って距離を取られた。



「正直、今の状況はかなり不利だよ。ウリエルが居ない中、アタッカーはミカエルだけ。それで第一地獄地獄長(ベルゼブブ)をジン君を守りながらは難しいかな。治療をしてくれる可憐も居ないし、まるで、ぼくたちが不利になる状況を先読みしていたみたいだよ」



 空振りした剣を再度構え、剣先を皐月に向ける光。そんな彼に皐月は小さく口笛を一度鳴らし、拍手した。



「ぴんぽーん。ベルを裁かれた事は、予想外だったけどさー、ココで決着を付ける事はもう既にオレの中では決まってた話しー」



 皐月の言葉を境に、契約者たちの動きが一斉に止まった。互いに動くと、相手にその後の動きを先読みされ、攻撃されることを本能的に察知し、攻撃を止めた。しかし、いつ相手が攻撃をしかけてきても大丈夫なように、剣を構え、殺意をぶつけ合う。



「Sランクにお前らを誘導し、健康診断や事情聴取を提案して結果を管理していたのはオレー。お前たちをこっちの大部屋に誘導したのもオレー。Sランクはオレにとって庭みたいなもんだらかさー。その時点でお前たちの負けは確定してんだってー」



 やや目を細めながら笑う皐月。彼の笑う顔を見る度に、ジンの脳内には親友の弘孝の姿が脳裏を横切る。


 一方、光は皐月のそのような笑みには一切気にせず、口角をゆっくりと上げた。瞳の色は未だに朱色で、皐月に向かって殺意を向けていた。



「なるほどね。Sランクにしては多少粗があると思ったら、君が牛耳っていたエリアだったんだ」



 剣先を皐月に向けたまま口を開く光。彼らしくない朱色の瞳から溢れ出すオレンジ色の魔力で見える皐月の姿は禍々しい魔力で全身を包み込んだ蝿の王そのものたった。


 その間に猛が数発魔力を込めて皐月に放っていたが、皐月はそれを剣で受け止め、壁に当たるように弾き返していた。時折、魔力の強さが皐月の予想を上回っていたが、数歩退る程度だった。



「まぁねー。オレこう見えて、Sランクでは科学者してたからねー。Sランクにいるような優越感に浸っている人間を一気に絶望に追い込んだら、どんな人間でも、一定の魔力が現れて悪魔に出来ないかってねー。結果はサッパリだったけどさー。やっぱり、神がそこら辺関与してるっぽいけどねー」



 神という単語を皐月の口から聞いた時、猛の攻撃が止んだ。その間に皐月が一気に距離を縮め、猛に向かって剣を振りかざす。猛はそれを受け止め、その間に光が皐月を攻撃する。しかし、光の攻撃は当たる前に皐月が距離を取り、避けられるという攻防戦を何度も繰り返していた。



「契約者を決めるのは神だ。俺たちが意図的に相応しい人間を生み出すことは、禁忌に触れる。俺たち契約者が人間を殺す事も、神から許されないと出来ない行いだ。許されていない殺しは、神からの制裁として命が消えることがなかったり、裁きの重さにも関係する」



 猛が一度剣に纏う魔力をコバルトブルーに近い紫色からゴールドの魔力へと変えた。それが魂の解放である事を知っている皐月は、猛から距離をとるように六枚の羽を使い羽ばたいた。数メートルほどの高さの空中に立ち止まり、三人を見下すように笑った。



「まぁー。オレのやってた事があまりにも許されないってので、神の慈悲として、絶命って選択肢だったのは何となく分かったよー。下手に苦しんで生き続けても、辛いだけだもんなー」



 嫌味のある笑みを浮かべながら話していた皐月だが、言葉の最後の部分だけ、その笑みが消えた。


 吹雪と契約する前の記憶が一瞬だけ蘇る。それは、未熟な混血として生まれた者のみが分かる苦しみの毎日だった。常に身体の中で魔力が拒絶反応を起こし合い、吐き気や痛みに耐える毎日。


 唯一頼りにしていた両親でさえも、ウリエルの器である兄に全てを委ねており、皐月には一切の期待も希望も持っていなかった。それが態度に出ていたのか、最低限の援助はあったものの、特別心配されたり、治療に積極的になろうという志は感じられなかった。



「もう二度と、あの苦しみを味わう必要は無い」



 空中にいたので、皐月の言葉は誰にも届かなかった。そんな過去の自分と決別するかのように、一度だけ強力な魔力を猛に向かって放つ皐月。光と猛が皐月の魔力に気を取られている間に、距離を取りながら地面に足をつける。瓦礫を軽く蹴飛ばし、小さな土埃が舞っていた。


 そんな契約者の戦いを守られながら見ていたジンが無意識に両手に魔力を込めながら口を開いた。



「いいぜ、猛。願い事、キメた。オレの願い事は——」



 ジンの言葉が猛に届く瞬間、皐月の背後から皐月以上の魔力が皐月を包み込んだ。魔力によって、壁が全て破壊され、部屋と部屋を繋ぐ集合所のような部屋と三人の部屋が一つになった。


 破壊された建物の瓦礫が、皐月の背中に強打する。咄嗟に魔力で庇ったが、その前に一度だけ瓦礫が皐月に当たり、勢いに負け、膝を着く。背中を強打したことにより、手足の感覚が麻痺し、吐き気を催した。


 浅い呼吸をしながら、魔力で応急処置をし、自分を攻撃してきた対象の方向に視線を移す。そこには黒い長髪を高く結い上げ、皐月と同じ色と形の瞳を持った地獄長が皐月に向かって殺気を放っていた。



「第一下層の地獄長を差し置いて、単独行動とは、いい身分だな、ベルゼブブ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ