159話 鎮魂歌+報復(1)
殺意と悪意の込められた声。そこには、両手に禍々しい魔力を込めた皐月の姿が目の前にあった。彼の紫色の瞳は、ジンを捉えていた。
「ジン、気を付けろ。奴は第一地獄の地獄長ベルゼブブ。恐らく、魔力の強さだけで言うなら、サタンより上だ」
猛がジンの前に出て、剣を構えた。コバルトブルーに近い紫色の魔力を剣に纏い、皐月を睨む。
光もまた、魔力で剣を具現化させ、猛の隣で同じように剣を構えた。光の瞳の色が黒から燃えるような朱色に染まった。彼もまた、自身の剣にオレンジ色の魔力を纏わせた。
「お前がベルフェゴールを裁いたウリエルの器か」
殺気に満ちた声と口調。そして、両手だけではなく全身からも溢れる闇と毒を混ぜたような色をした膨大な魔力。それは、蝿の王ベルゼブブとして威厳のあるものだった。
皐月の殺意の対象であるジンは、本来ならば猛に返していたダガーをゆっくりと取り出した。魔力を目視できない人間のジンでも体感で分かるほどの皐月の魔力に一度だけ身震いし、それを深呼吸で無理やり消した。
「……。くそっ。なんか弘孝に似てっからキノリしねぇなぁ」
皐月を睨みつけながら無意識に呟いたジンの言葉。弘孝よりも高い身長。短い髪。男らしい骨格。似ている部分はほとんどなかった。しかし、唯一、弘孝に似ていると無意識に思った瞳の形と色がジンの脳内で弘孝を連想させていた。
ジンの言葉を聞いた皐月は、一度軽く目を見開いたが、そのあと口角を上げた。弘孝に似ている目をやや細めて笑うその仕草は、弘孝がEランクで客引きをする時の笑みにそっくりだった。
「ふーん。お前、兄貴知ってんだー。オレは、その弘孝のおとーとの椋川皐月ぃー。まぁ、この名で呼ぶ奴なんて可憐ねぇくらいだけどなー。今のオレは、十地獄第一地獄“いと高きものどもの地獄”第二下層獄長ベルゼブブって言うんだけどなー。好きな方で呼んだらいいよー」
先程までの威圧感が一気に消え、砕けた口調。語尾が独特なその口調は、蝿の王ベルゼブブではなく、十五歳の少年である、椋川皐月としての言葉だった。細めていた目を元に戻し、口元だけ笑みを浮かべる皐月。口調は軽くなったが、ジンに向けている殺意と悪意の量は変わらなかった。
「弘孝のオトートかよ。オマエの方がよっぽどアニキ面してんじゃねぇか。背も高ぇし、女顔じゃねぇし」
ジンの言葉に皐月はほんの僅かに眉を動かした。兄と弟。自分でも言ったが、他人に比較されると、胸の中に異物が残っているような感覚に襲われていた。一度両手に込めた魔力を消し、強く握りしめて精神を統一させる。
魔力が見えないジンは、その行動の意味を理解出来なかった。ただ、目の前の親友に似ている少年は、今から自分を本気で殺しにかかってくる事は、本能的に察知し、皐月から視線を逸らす事は無かった。
「まぁいいやー。どーせ、お前は今からオレが殺すんだしー。サタン様はあと一日待てって言ってたけどさー、オレのベルを裁かれたって知ったら、待てるわけないよなー。向こうが先に攻めてきたって事だからー、別に期日を守らないで報復攻撃って事なら許してくれるはずー」
オレのベル。皐月のその言葉を聞いた途端、ジンは初対面の相手だったが、人生で一番の殺意を覚えた。無自覚にルビーレッドの魔力を全身から放ち、皐月を威嚇する。
「オレのベル? ふざけんな! スズは誰のモノでもねぇよ! それに、オマエみたいなヤツがスズの何を分かってんだよ!」
今まで光と猛が前でジンを守るような陣形だったが、ジンは二人の間から飛び出し、先頭に立つ。
ジンが猛から借りている剣に無意識に魔力を込める。猛の魔力に混ざるようにルビーレッドの魔力がダガーを包み込む。無鉄砲にダガーを使い、皐月を攻撃しようとしているジンに光が慌てて手を伸ばした。
「ジン君! 落ち着いて!」
光が慌ててジンの肩に軽く触れる。しかし、ジンは光に視線を移すことはなく、変わらず皐月を睨みつけていた。
「離せ光。アイツはスズをブジョクした」
怒りをぶつけるような大声ではなく、淡々とした口調で光に口を開くジン。今すぐにでも殺したい相手が目の前で笑みを浮かべている事にジンのダガーのグリップを握りしめている右手がさらに強く握りしめることによって、音を立てる。
「はー? 何言ってんのー? アイツはオレが契約して悪魔にしたんだぜー? それに、オレよりも下の立場なんだから、オレが好きにしてもいいだろー? 綺麗な髪も、二つの宝石みたいな目も、そして、兄貴も聞き惚れた声もー。ぜーんぶオレの物で異論は無いはずー」
見下すように小さく笑い、口元を緩ませ笑いながら話す皐月。彼のその態度と先程の言葉全てはジンの逆鱗に触れた。
脳内の血管が切れてもおかしくないほど、全身の血液の流れが、激しくなる。体温が急激に上がり、額から大量の汗が流れた。
「ッツ……! お前……! 好き勝手言われておけば! ナカマをモノ扱いされて許しておけるヤツはいねー! オレがオマエを打殺す!」