156話 鎮魂歌+紅の魂(2)
ジンが反射的に閉じていた目を開くと、そこには、両肩に髑髏をつけ、カタカタと音を鳴らしている悪魔がウリエルと戦っていた。黒い翼と白い翼を互いに羽ばたかせながら空中で剣を交える。
「アスタロト。お前はミカエルに裁かれるのではなく、氷結地獄で永遠に凍えているべきだ」
ウリエルの剣とアスタロトの剣が重なり、耳が痛くなるほどの金属音が支配する。思わず両手で耳を塞ぎ、ジンは眉を潜めた。
「んだよ……」
不快感を表すため息をつくと、視線をウリエルの方に向けるジン。そこには、Eランクで見た髑髏の悪魔に似ている悪魔が相変わらず、ウリエルと剣を交えていた。
「あん時は、あの悪魔、確か使ってたの剣じゃなくて、ヘンな棒だったよな……。似てるけど違う悪魔か……」
脳内でEランクで出会ったアスタロトと目の前の悪魔を無意識に比較する。服装や髪型は類似していたが、目の前の悪魔の方が放つ魔力が桁違いだった。意識を集中せずのとも見える、闇と毒を混ぜたような色をした魔力は、触れただけで命を奪われてもおかしくないとジンは本能的に察した。
「あらぁ。案外地獄も快適よ? 寒い以外はね。あなたたちのような無駄に命を奪う契約者も居ないし、誰に仕えるべきなのか、ハッキリしていてとても分かりやすいわ」
死臭を放ちながら、口元から腐敗した血を流すアスタロト。そのまま腐敗した血は、アスタロトの口元から離れ、真下で眺めていたジンに向かって落ちた。しかし、それはジンを無視するように貫通し、屍の上へと落ちた。
「命を奪うだと? 神に仕える者が神に反逆し、それを裁いているだけではないか。二度目の反逆は、私が赦さない」
ウリエルのルビーレッドの魔力を纏った剣が、更に大きな輝きを放つ。炎のように纏われたウリエルの魔力が、アスタロトの抜けた黒い羽を容赦なく燃やしていた。
「神への反逆ですって? 当然よぉ。神は全てにおいて平等に愛する存在。それを覆したのも神なのだから、先に仕掛けたのは神よぉ?」
アスタロトが剣を振りかざす。それをウリエルが受け止める。金属音が鳴り響き、耳を痛くする。このやり取りを数えるのが馬鹿らしくなるほど繰り返されていた。
「違う。神は全てにおいて平等に愛する。私も、ミカエルも、ラファエルも、ガブリエルも、そして、ルシフェルも力は全て平等だった。それを慢心し、神へとなろうとしたルシフェルにより、二度と同じような者が現れぬように、力を分けた」
ウリエルのルビーレッドの炎がアスタロトの黒い翼を焼き付けた。アスタロトが悲鳴のような声を上げていたが、それ以上に翼が燃える音が大きくてジンには聞こえなかった。
「そのおかげで、あなたはいま、私を裁くことは出来ないのよぉ」
焼ける翼の痛みを堪えながら、アスタロトは自身の魔力を翼に込め、強制的に痛みを和らげる。しかし、アスタロトよりも強力な魔力で翼を攻撃したウリエルの魔力が、痛みを与え続けていた。炎で焼けた翼は、本来の意味を失い、ただの飾りとなり、アスタロトの両足を血塗られた地面に触れさせた。
アスタロトの呼吸が浅くなる。それを見たウリエルは剣先をアスタロトにではなく、自身の真下に向けた。
「だからだ。だからこそ裁きではなく、氷結地獄へお前たちを堕とす。裁きとは、魂を解放し、転生させる事。お前たちには転生の慈悲も——」
「混血の私もその対象のようねぇ」
ウリエルの言葉に被せるように口にしたアスタロトの言葉。それは、ウリエルの剣の動きを止めるのには充分だった。
その隙にアスタロトが剣をウリエルに向かって投げつけた。焼けた翼により、これ以上動けないアスタロトはウリエルを睨みつけていた。
「……。混血だろうが、純血だろうが、神への反逆の罪は変わらぬ。その罪、己の身体で償え……!」
ウリエルは剣を自分の足元に垂直に構え、空中を思いっきり突き刺した。すると、それと同時にアスタロトの血塗られた地面が一気に消えた。足場を失ったアスタロトは、そのまま重力に従い、落ちていった。
「キャー!」
飛ぶ力を失った翼が虚しく音を立てながら、アスタロトはウリエルの作る氷結地獄へと堕ちて行った。完全に姿が見えなくなるのを確認すると、ウリエルはもう一度、足元に剣を突き刺す。すると、アスタロトが消えた原因となる穴が一瞬にして光りとなって消えた。
「……。反逆の罪は変わらない。しかし、半分の血はそれを拒んでいる……罪の重さは同じで良かったのか否か……」
遠くから他の契約者が剣等の武器を交える音が聞こえる。ウリエルは血塗られた剣を簡単に衣類で拭き取った。
「神から最後の慈悲として、尽きる命を与えられた裏切り者。その者から生まれた命……存在そのものが罪なのか……」
ウリエルの顔を隠している甲冑の隙間から、一滴の涙が零れていた。剣から纏っている魔力を消し、ゆっくりと鞘に戻す。
そのまま、ウリエルはゆっくりと立ち上がり、他の契約者が戦う方向へ顔を向けた。そこには、裁きの大天使ミカエルが反逆の主犯であるルシフェルの毒により、苦しむ声を上げていた。
それを見たウリエルは、全身に魔力を纏い、六枚の翼を羽ばたかせながら、ミカエルの元へ飛び立った。
「暁の子、ルシフェルよ。どうして天から落ちたのか。世界に並ぶもののない権力者だったのに、何故神をも超える存在を求めるのだ」
ミカエルたちの前に現れ、ルビーレッドの魔力を纏った剣を鞘から出し、構えるウリエル。ルシフェルに向かって剣先を向けた時、ジンの足場が一気に崩れ始めた。徐々に足元が血塗れた地面から闇へと変わる。
「んだよ! またかよ!」
不安定になった足場からジンはそのまま闇へと落ちていった。