155話 鎮魂歌+紅の魂(1)
「っあー。寝みぃ……」
未だに残る眠気に無理やり逆らい、ジンは目覚めた。倦怠感もあったが、昨日のウリエルの件について、光に聞きたい事があったので、無理やり身体を起こした。
手首と指先を使い、目を擦る。数回瞬きを繰り返し、視界のピントを合わせる。
その視界に映るものは、Sランクの白で統一された部屋のはずだった。
「なんだよ! これ!」
ジンの視界を支配していたのは、本来あるはずの白の世界とは真逆の世界だった。
床なのか地面なのか認識出来ないほど足元を埋め尽くす亡骸。それは、一見人間のように見えるが、背中に白や黒の翼が生えているものが大半であった。どちらの翼も、誰のものか分からない血が付着し、本来の色を失いかけていた。
「光! 猛! 悪魔が来たのかよ!」
自分の最大限の声量で契約者の名を叫ぶジン。しかし、それは、亡骸の山に飲まれ、誰かに届く事は無かった。
とりあえず、現状を把握しようとジンは冷静に辺りを見渡した。地平線を埋め尽くす天使と悪魔の亡骸。その上は、対比するにはあまりにも美しすぎる青空。その二つの情報で、ジンはここが、どこか屋外であり、尚且つ天使と悪魔の争いが起こっている事だけは理解していた。
ベッドで眠っていたはずが、名も知らない契約者たちの亡骸の上で目覚め、血と肉の生暖かい感覚がジンと亡骸の接着面を支配する。Eランクで嫌という程味わったその感覚に、嫌悪感を抱きながらも、ジンは立ち上がった。亡骸の上を容赦なく歩き、血と肉が混ざり合う音を立てる。
その時、ジンはふと、自分の伴侶と娘の存在を思い出した。長年時間を共に過ごした家族であり、大切な仲間。二人の姿がジンの脳内を駆け巡った。
「あ、そうだ! ハル! アイ! 大丈夫か! 返事をくれ!」
再度、自分が出せる最大限の声量で家族の名を叫ぶジン。しかし、それは光たちを呼んだ時と同じ結果であった。
「なんだよ! ったく! ってかココはドコだよ!」
まるで自分だけが世界から阻害されているような感覚に、舌打ちをするジン。亡骸の上を歩きながら、あてもなく歩いていると、どこからが聞き覚えのある声が聞こえた。
「安らかに眠れ」
声の方に顔を向けると、そこには六枚の翼を羽ばたかせていた猛の姿が見えた。ゴールドの魔力を剣に纏わせ、目の前の悪魔を突き刺す。すると、その悪魔は、血を流す事もなく光りとなって空へと消えていった。
「猛! なんで返事くれなかったんだよ!」
声の聞こえる距離に近付いて叫んでも、ジンの声は猛には届かなかった。再度舌打ちをすると、ジンは下に転がる亡骸を見た。先程まであった血と肉の感覚は無くなり、まるで自分が宙に浮いているような感覚に近かった。
「ミカエル。これ以上仲間を裁くな。私が氷結地獄へ堕とす」
亡骸に気を取られていると、猛が目を見開き、六枚の翼を大きく羽ばたかせていた。彼と同じ方向に視線を向けると、そこには誰の血か分からない血に甲冑を染めていた天使が剣を構えていた。背中には、猛と同じ六枚の翼が、所々甲冑と同じように赤く染っていた。
「ウリエル!」
ウリエルと猛に呼ばれた天使は、剣を大量の亡骸の上に激しく突き立てた。すると、そこからまるで穴が空いたように円を描きながら空間が現れる。そこは、薄暗い氷で出来た世界だった。大量の亡骸が、重力に従い、ウリエルが広げた穴から氷の世界へと落ちていった。
「さらば仲間。我が同志」
ウリエルが翼を羽ばたかせ、もう一度宙に剣を刺す。すると、先程まで見えていた氷の世界が一瞬にして姿を消し、血塗られた地面が現れた。
「お前がウリエルか! 教えてくれ! お前が何を考えてんのかよ!」
ジンがウリエルの元へ駆け寄り、ウリエルの肩に触れた。しかし、それはまるで蜃気楼や幻に触れているように、ジンの手はウリエルから貫通した。
「何だよ、これじゃまるでマボロシじゃねぇか」
ジンの手を貫通したウリエルは、そのままジンの存在を認識せずに、六枚の翼を羽ばたかせ、猛の元へ飛び立った。
「いくらお前が、裁きの大天使と言えども、これだけの契約者を裁くのは精神的に負担だろ。私が番をするコキュートスへと堕とし、永遠に近い時間を氷と闇のみの世界で生きるがいい……」
時折攻撃をしかけてくる悪魔を剣で斬りつけながら、ウリエルと猛は互いに背中を向けていた。ウリエルが悪魔を斬りつけ、反撃出来ない状態になったら猛がゴールドの魔力を纏った剣で斬りつけ裁く。それが間に合わない場合は、ウリエルが敵の翼を傷つけ、飛べない状態まで弱らせると、先程の氷の世界へと堕としていった。
「おいおい……これじゃまるで、ナカマを殺し続けているだけじゃないか……」
悪魔が堕落した天使だと理解しているジンは、目の前の光景と、自分がベルフェゴールを裁いた事と重なる。
たった一人の仲間を裁くのでさえも、胸が苦しみ、手が震えていたジンだったが、目の前の大天使はそれを数えるのが馬鹿らしくなるほど行っていた。ジンはそれがどれだけ精神的に負担になっているのか。思わず拳を作り、怒りを押さえ込んだ。
そのまま怒りをぶつけるように亡骸を殴りつけようとした途端、どこからが声が聞こえた。
「ウリエル様! アスタロトの援軍が向かってきております!」
声の聞こえる方へ振り向くと、そこにはウリエルと似たような甲冑を着込んだ契約者の姿。甲冑の隙間から、女性らしい瞳が覗いていた。
「アリエル。分かった。今すぐそちらへ向かおう」
アリエルと呼ばれた契約者の元へウリエルは翼を羽ばたかせ飛んだ。猛に後は任せた、と簡単に言い残すと、ウリエルはアリエルが手招く方向へ飛び立って行った。
「アリエル……サキの記憶の天使か」
ジンもまた、アリエルが見てる方へと足を向けた瞬間、空から全てを闇が包み込んだ。
「なんだよ! これ!」
そのまま、足元の亡骸も全て闇へと飲み込まれ、吸い込まれるように闇へと落ちていった。




