154話 鎮魂歌+紅の魔力(2)
「ブジョク? 別にオレは神の事を何とも思ってねぇよ。居るかどうかも分かんねぇヤツにスガッテルほど、Eランクはへーワじゃねぇからな」
浅い呼吸をしながらも、猛を挑発するような言葉を並べるジン。彼から漏れている悪魔の魔力はほとんど猛の魔力によって消えていた。
「その神によって、契約者は作られ、人間もまた、神から創造された存在だ。神がお前たちを愛するために、俺たちは存在し、時には間違った道を正す」
酸素が薄くなり、咳き込むジンを見た猛がジンの胸ぐらを掴む手を離した。床に足が着き、酸素を求めるように深く呼吸を繰り返すジン。そんな彼を猛はゴミを見るような目で見下していた。
「ジン君! 大丈夫?」
二人を見ていた光が慌ててジンに駆け寄る。深呼吸により、唾液が喉に詰まり、咳き込むジンの背中をさすった。
「ヘーキヘーキ……。んなの、ケンカでもぬりぃよ」
猛が相殺したジンから漏れていた悪魔の魔力。その隙間に入り込むように、ルビーレッドの魔力の比率が上がっていた。未だに目に自分の魔力を灯している光は、それを見て目を見開いた。
「猛君、いや、裁きの大天使ミカエル。ぼくたち契約者は、神の代わりに人間を慈しむのが、本来の役目なんだよ」
光は視線をジンに向けたまま、猛に話しかけていた。未だに、オレンジ色の魔力を目に灯し、ジンを見つめる。どれだけジンを見つめていても、彼の身体から放たれる事が無くなった悪魔の魔力。僅かに残る身体の表面を撫でる悪魔の魔力を、ジン自ら無意識に放っているルビーレッドの魔力が次々に相殺していた。
「それは、愛の大天使の主観だろ。裁きの大天使は、人間の深層部分は何も見えない」
先程のゴミを見るような目から、軽く睨みつける程度までジンへの怒りを抑える猛。
光から貰った魔力がとっくに切れている猛には、ジンのルビーレッドの魔力の現状を見ることは出来ていなかった。
「ジン君のさっきの発言が、君の逆鱗に触れたのは、分かっているつもりだよ。だけど、契約者を決めるのは神だ。神の事をどう思っているのか、それは関係ない事だって、現実主義の可憐でも充分に証明されているじゃないか」
「違う、磯崎は神に——」
光の言葉を遮るように猛が口を開く。しかし、それを更に遮るようにジンがゆっくりと立ち上がった。
「……ジン君?」
猛に胸ぐらを掴まれ、魔力を流された時から、妙に身体が重かった。まるで、自分の身体ではなく、他人の身体を使って動かそうとしているような感覚がジンを襲っていた。
それに加え、ベルフェゴールを裁いてからの強烈な眠気。今までは、ベルフェゴールの件や、Sランクでの現状の理解で、眠気どころでは無かった。しかし、寝床の確保と簡易的な安全の確保が決まった瞬間、まるで三日ほど徹夜を繰り返しているかのような強烈な眠気がジンを襲っていた。それが、一息ついた安堵の眠気なのか、魔力を無意識に流している反動の眠気なのか、ジンには分からなかった。
「んだよ……。弘孝が悪魔になって、スズが地獄長って分かって、裁いて……。で、サイシューテキには、オレが弘孝がなる予定だった、ウリエルになれだって? イミワカンネーよ……」
ジンはそれだけ言い残すと、部屋の隅に三つ置かれている白い簡易的なベッドの方向へ足を運んだ。白のクロススクリーンで簡易的に仕切られている空間に着くと、靴を脱がずにベッドの上で横になった。
数秒後には、ジンの規則正しい寝息が光と猛に聞こえていた。
「寝ちゃったね……。あれだけの魔力を使うと、そりゃ眠くなっちゃうか……」
ジンの寝息を聞きながら、光は再度魔力を使い、彼を見る。何度見ても、彼からはルビーレッドの魔力が溢れていた。
それを見ていた猛が、自身の目を指さし、俺にも見えるようにしろ、と行動で光に伝える。それを察した光は、指先に魔力を灯し、猛の目の周辺に触れ、魔力を塗った。
「魔力の使用量が極端に多いのと、反動の眠気……。そして、ルビーレッドの魔力がウリエルである何よりの証拠だ」
光から魔力を借りた猛は、視線をジンに向ける。猛が見ても、ジンからはルビーレッドの魔力が惜しみなく漏れていた。
「混血の弘孝君の魔力があまりにも大きすぎて、見落としていたのかな。まぁ、魔力が見える人間は珍しくないけど、ウリエルの魔力がこんな後から現れるのは……初めてだよね」
光の言葉に猛はゆっくりと頷く。その後、自身のコバルトブルーに近い紫色の魔力を僅かだが、ジンに向かって放った。
すると、ジンの身体から溢れているルビーレッドの魔力が彼を守るように猛が放った魔力を受け止めた。その後、猛の魔力を超える量の魔力が包み込み、猛の魔力を消し去った。
「ウリエルが転生を求めているのか。それとも、ジンが弘孝とベルフェゴールの事で、魔力を強く求めた結果なのか。それは、神じゃないと分からないか……」
猛の言葉に、光は一瞬だけ儚い笑みを浮かべた。大天使ガブリエルとしてではなく、光明光としてのその笑みの理由は、転生を知らない契約者である猛には理解出来なかった。
猛が光に視線を完全に向けていた時には、既に儚い笑みは消えていて、見慣れた張り付いた笑みと変わっていた。
「さ、ぼくたちも寝ようか。寝ている間なら、ぼくたちの心臓を誤魔化す魔力だけでいいしね。明日また、ジン君に契約をするかどうか聞いてみよう」
光はそれだけ言うと、ジンが眠っているベッドの方へ足を進める。クロススクリーンで仕切られているだけの、三つ並んでいる簡易ベッドの真ん中のベッドの上で横になると、おやすみ、猛君、と挨拶をし、そのまま寝息をたてていた。
光の寝息を確認した猛は、監視カメラや盗聴器にかけていた魔力を解除した。今まで集中していた魔力の一部が解放され、安堵のため息をもらす。
「神は何を求めているんだ……」
猛はそう独り言を呟くと、そのまま椅子に座った状態で、目を閉じた。