152話 鎮魂歌+姉御肌(4)
ハルとアイから視線を逸らしながら話す可憐。光と一緒にいる時とは違う胸の圧迫感が、彼女を襲っていた。ブレザーのリボンを強く握りしめ、胸の苦しみを紛らわそうとするが、無意味に終わった。
そんな彼女の感情を察知したのか、ハルは立ち上がり、可憐の横に立った。そのあとゆっくりと可憐の頭を撫でた。
「そう言われたら、可憐が自分を恨んでくれって言ってるようにしか聞こえないな。リーダーも、ジンも、スズも、もちろん、最初から天使として、アタシらを守ってくれていたサキも、みんな自分の意思で動いてんだ。人の意見に流されるようなヤツは、Eランクで生きてけないよ」
艶のある黒髪がハルの指に滑らかに絡む。人間のハルの指先からは、魔力が溢れることは無かったが、人間らしい優しさが、充分伝わった。
そんな二人を見ていたアイも、椅子から降り、可憐の背中をそっと抱きしめる。頭部と背部から、人間らしい温もりが、可憐を包み込んだ。久しぶりのその温もりに、可憐からエメラルドグリーンの魔力が慈悲深く溢れていた。
「ありがとう……二人とも……。私も、そう言って貰えて、すごく救われたわ……。私が契約をしないから、全てが狂っているのに……」
可憐を抱きしめているアイの手をそっと握る可憐。人間らしい体温は、可憐の心の奥底にある氷をゆっくりと溶かしていった。口角がゆっくりと上がる。
そんな彼女を見ていたハルが、やや雑に可憐の頭を再度撫でる。先程よりも強く撫でられ、可憐の大人しかった髪がやや乱れていった。
「何言ってんのさ。魔力の強さが感情の激しさで変わるんなら、余計にシンチョーにいかないと。そんな可憐を守るのが、光の仕事だろ?」
ハルの口から放たれた、契約者の名。それを聞いた途端、可憐の胸が苦しめられた。溶けかけていた氷が再度凍っていくような感覚に襲われる。
「そうね。光も、そんな事を言っていたわ。器の私を守らないと、大好きなラファエルに会えないものね」
両手を重ね、親指同士を触れさせる。数回親指を触れたり離したりする行動を繰り返し、視線をハルたちから完全に自分の両手に移していた。
「そうよ。私は、ラファエルをガブリエルに会わせてあげたいのよ。夢で見たじゃない……。光もそれを望んでいるわ」
自分の考えをゆっくりと言語化し、何度も親指を動かす可憐。彼女の言葉を聞いたハルは可憐の隣から、座っていた椅子へと戻り、椅子に腰掛けた。
「ん? 可憐、それは、あんたの気持ちじゃないの? なんでそんな他人事みたいに言うのさ」
ハルの予想外の言葉に、可憐の視線が、自身の両手から、ハルに向けられる。
「私の気持ち? 確かに、そう言われたらそうだけど、私が光に会いたいと思っている訳じゃなくて、私の中のラファエルが彼を求めているのよ。それが私に伝わって……」
私の感情のように感じるのよ。そう言おうとしたが、自身の言葉の意味を理解出来なかった可憐は、意識的に口を閉じた。私の感情じゃなければ、この気持ちは偽りなのかしら。そう自問していた。
いつの間にか、重ねられていた両手は離れ、スカートの裾を無意識に触れていた。
「うーん。自分の中に誰かの意思があるって、難しいんだなぁ。素直に思った事が、自分の気持ちじゃないって、アタシには理解出来ないや」
「ハル、大丈夫。ワタシも分からない。だから、可憐。ラファエルだからとか考えないで、可憐の気持ちとして考えても大丈夫。……だと思う」
可憐の話を聞いていたハルとアイがそれぞれの感想を口にした。テーブルに置かれたクッキーを手に取り、食べる二人。Eランクではもちろん、Aランクで食べていたどの食べ物よりも甘く、香ばしいクッキーは、二人の頬を思わず緩めた。
その時、今まで無言を貫き、三人の様子を伺っていたレフミエルが申し訳なさそうに、可憐の傍に寄り、白い床に膝を着いた。
「可憐様、誠に申し訳ございませんが、私の魔力が限界です……。これ以上契約者についてのお話は、御遠慮下さい」
深く頭を下げながら話すレフミエル。彼女の言葉の意味を理解していないハルとアイが首を傾げていた。そんな二人を見た可憐は、自身の左手首に装着されている腕時計型の機械をゆっくりと指さした。
「私たちは部屋の監視カメラと、この腕時計のような機械で言動はもちろん、体温や心拍までも記録されているわ。だから、誰かと話していて嘘を付いていても、心拍数の変化などで直ぐに分かっちゃうのよ」
可憐の言葉に、全てを理解したハルが目を見開き、大きく手を一回叩いた。かわいた音が部屋中に響く。
「あ、そういう事なのか! ったく、いきなり着いたらこれを付けろって言われて、なんか変な視線を感じるようになったからさ! 監視されてたのかよ! Aランクでも監視されていたから慣れてるけどさ! じゃあ、天使たちが居ないと話せないって考えないとなぁ」
だから可憐も最初はダンマリだったのかよ、と付け足し、地面を数回強く踏むハル。アイもまた、自分の左手首を見ながら、壁に埋め込まれている監視カメラに視線を交互に移す。
「ワタシたち、レフミエルがいない時、話すこと、シンチョーにしないといけない。全部知られる、全部バレる。嘘つけない」
アイの言葉にレフミエルはゆっくりと頷いた。
「それでは、私はこれで失礼します。可憐様、ご自分の感情を押し殺す様なことは、おやめ下さいね」
レフミエルはそれだけ言い残すと、一枚の羽根を床に落としながらフードを深く被り、三人の部屋を後にした。
「私の感情を……押し殺す……」
レフミエルの言葉の一部を復唱したが、可憐には理解出来なかった。ただ、彼女の後ろで見守るハルとアイだけが、レフミエルの言葉の意味を理解しているかのように、口角をゆっくりと上げていた。