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148話 鎮魂歌+裁き(3)

 右頬の傷跡を軽く触れながら、可憐から視線を逸らすように話すジン。彼の言葉に可憐もまた、ジンから視線を逸らし、俯いた。



「最期に、弘孝に好きだと言って、スズはキレーなヒカリになって消えていった……。血も流れねぇで、死体も残さず、消えていったスズは、ホントーに悪魔だったんだなって思っちまった」



 バカだな、オレ、と付け足し、ジンはベルフェゴールの頭があった場所のシーツを握りしめた。そこに誰かが居た温もりなどは一切無く、ジンの体温のみがシーツに伝わった。


 俯いたまま、視線をジンへと移す可憐。シーツを強く握りしめている彼の姿から、心情が嫌でも伝わっていた。


 そんなジンにこれ以上の苦しみを与えたくない。そう思った可憐は、咄嗟に話題を変えた。俯いていた顔を上げ、ジンを見つめる。



「そうだ。ハルとアイは? 二人とも、大丈夫かしら……」



 ジンの精神衛生と同時に気がかりであった、仲間の安否。幸いにもSランクの建物は、Aランクよりも頑丈なのか、弘孝と戦闘した場所以外は目立った崩壊は見られなかった。しかし、ハルとアイの姿を確認しておらず、可憐はスカートの裾を握りしめていた。



「ハルとアイは今日はジジョーチョーシュでなんか知らねぇ白服の女に連れて行かれてたな……。まぁ、ケッカテキにアイツらがケガしたりする事が無かったって思えば……いいか」



 ジンの言葉に、可憐はスカートを握りしめていた手を離し、胸を撫で下ろした。


 よかったと返事をすると、無意識にエメラルドグリーンの魔力が彼女から溢れ、ジンを包み込んだ。可憐と同じような安堵感がジンの体内に流れてきたが、それ以上にベルフェゴールとの出来事を拭い去る事が出来なかった。


 未だに手に残る想い人の喉を突き刺した感覚。それは、生きる為に殺しを続けてきたジンでさえも、生々しく残っていた。生きる為に続けてきた殺しは、申し訳なさと仕方ないという理性的なものが動いていたが、ベルフェゴールの喉を突き刺した感覚はまた別物だった。


 自分の中の大切なものを一つ失った感覚。それは、まるで四肢の一部を失ったような感覚に非常に近かった。



「オレは、初めて大切なものを失った気がする……」



 ふと、ジンの口から出た言葉。それは、ベルフェゴールをスズという名の仲間である少女として、未だに見ていることを表現するには充分だった。


 それを聞いた可憐は、ふと、ジンの仲間の事で、今まで口にしていなかった出来事がある事を思い出した。



「大切なもの……。あ、そう言えば、あなたとハルが結婚して、アイを養子として迎え入れて、国も認める家族となっていたのは、弘孝から聞いていたわ。いつか、直接言いたかったけど、Sランクでも色々あって言い出せなかったわ……。おめでとう、ジン」



 おめでとう、と微笑む可憐にジンは乾いた笑いで返事をしていた。未だにシーツは握りしめられていて、ジンの手汗がシーツに染みていた。



「それでも言うの、今かよって思うけどなー。まぁいいや。サンキュ、可憐。そして、猛、わりぃけど、この剣、返させてくれ」



 可憐の突拍子のない祝いの言葉に思わず力が抜けるジン。シワを作っていたシーツから手を離し、剣を握った。僅かにゴールドの魔力を纏っているその剣を、可憐の隣に立つ猛に向かって簡単に差し出した。


 今度は、ジンの予想外の行動に、猛が一瞬だけ目を見開いた。反射的に剣を受け取ろうとしたが、それを咄嗟の判断で僅かに腕を上げるだけで、剣を受け取ることは無かった。



「弘孝のケーヤクでオレたちの命がホショーされていた。だけど、弘孝は悪魔になった。もう、オレが天使(オマエたち)に守られる理由も義理もねぇだろ?」



 再度乾いた笑みを浮かべながら、剣を猛に差し出すジン。受け取れよと付け足し、猛に剣を受け取るように催促したが、猛は首を横に振った。


 そのやり取りを隣で見ていた光が、二人の間に入り込み、見慣れた張り付いた笑みを浮かべながらジンに近づいた。



「それは少し違うかな。少なくとも、ぼくは、君とEランクで約束したよね? 君が悪魔になったら迷いなく殺してくれって。その可能性がまだゼロじゃないから、ぼくか猛君が見える範囲に居てくれたら凄く有難いんだけどなぁ」



 光の張り付いた笑みに失礼な言葉。それは可憐の怒りに触れるのには容易いことだった。しかし、彼女の体内から溢れ出るエメラルドグリーンの魔力がそれを制した。頭では怒っているのに、身体は妙に落ち着いている。


 それは、自身の中で眠るラファエルの意思だと可憐は無理矢理納得すると、スカートの裾を握りしめるのと、ため息をするだけで、光に対して怒りの言葉をぶつけることは無かった。


 そんな可憐を見た猛が、可憐の怒りを少しでも和らげるように言葉を探す。そして、そのままジンの頭を雑に撫でた。


「ベルフェゴールを裁いたのは、天使(俺たち)としてはかなりの功績だ。気に病むことは無い」



 ジンの髪を雑に指に絡ませながら猛が言った言葉。それは、裁いたのは、猛の剣と魔力であって、ジンが仲間を殺したような受け取り方をするのではないと言う意味である事は、ジンは直ぐに理解していた。


 ブキヨーなヤツ。そう口にしたかったが、それを言うと、猛が拗ねて光がそれを茶化すのは目に見えていたので、ジンは自身の言葉を飲み込んだ。その代わり、儚い笑みを浮かべ、猛に向かって微笑んだ。


「あ、まだその約束はユーコーなんだな? んじゃ、オコトバに甘えてもう少し、そばに居させてくれ……」



 後半になるにつれて弱々しくなるジンの言葉。猛に差し出していた剣を鞘に片付け、両手で頭を支えるような動作をする。


 ジンらしくないわ。そう言おうとした可憐だったが、それと同時に、彼女の腕時計型の機械が無機質な音を立てた。一気に緊張感が走る。機械の画面を見ると、通話を知らせる簡単なイラストが現れていた。


 可憐は光たちに視線を送った。可憐の意図を理解していた光が、口だけを動かして、大丈夫だよと可憐に伝える。それを見た可憐は、ゆっくりと頷き、通話を促している画面にゆっくりと触れた。すると、そこには男が通話を求める声が聞こえた。




「もしもし」



「あ、やっと繋がったか。磯崎可憐さんかね」




 聞こえてきたのは、聞き覚えのある男の声。事情聴取をした男であろうと判断した可憐は、光たちに目で合図を送ると、なるべく普段と変わらない口調を意識する。



「はい」



 短い返事だったが、電話越しに男が安堵のため息を漏らしていたのが伝わった。


 機械を通して聞こえる男の声は、ややくぐもっていて、所々聞き取りにくい所があったが、前後の文や単語で何となく察することは出来た。



「よかった。無事だったか。そこに他に何人かいるのは分かっている。今から、こっちで指示をする場所まで来て欲しい。そこは危険すぎる。君たちを保護する場所を新たに提供する。今日はもう遅いので、明日の健康診断と同時に、今回の事情聴取もするので、指示した場所に着いたなら、休みなさい」



 男はそこまで言うと、一方的に通話を切っていた。通話を終了したことを示す機械音が全員の耳を支配していた。


 その機械音を境に、本音を口にするものは誰一人いなかった。可憐がスカートの裾を強く握りしめていること以外は、感情を表に出すことさても無かった。


 ただ、部屋の隅にルビーレッドの魔力が小さな輝きを放っていた事を知るものは誰一人いなかった。

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