147話 鎮魂歌+裁き(2)
猛の言葉に可憐と光の目が大きく見開いた。思わず体をジンの部屋のある方向へ向ける。そこは、弘孝との戦闘によりできた瓦礫によって、出口を封じられた扉が静かに佇んでいた。
「それは本当なの? 猛君」
光が顔だけを猛に向ける。光と可憐の行動を見た猛も、先程の混乱は無くなり、冷静さを取り戻していた。先程の脳内で起こった出来事を簡単に説明する。
「あぁ。アイツに預けた剣から、魂の解放を感じた。ただ、いくら俺の剣であっても、地獄長の魂を解放するなんて、普通はありえないことだ。可能性としては、ジンが地獄長の隙をついて裁いた。あるいは……地獄長が自ら望んでジンに裁きを求めたか……」
後半は多少言葉を濁しながら話す猛。一度深呼吸をすると、自身を魔力と翼で包み込み、裁きの大天使ミカエルの姿から一色猛の姿へと戻す。
それを聞いた光は、魔力を瞳に集中させた。そのまま、ジンが居るであろう部屋の方を見る。しかし、既に魂の解放が終わっていた所には、ジンの人間としての微量の魔力と猛のゴールドの魔力が扉越しに見えていただけだった。
「ジン君は純粋な人間だよ。魔力が多少見えたとしても、そんなの、混血の弘孝君や、契約者と一緒に過ごしていたら可能性としては、充分にありえる事じゃないか。その程度の力で地獄長に不意打ちで裁くなんて難しいと思うよ。って事は……」
光が右手を自身の顎に触れさせ、考える素振りを見せる。数秒後、顎に触れていた手を離し、猛の顔を見た。
「猛君、ジン君が裁いた地獄長が誰なのか、君なら分かるよね?」
光の言葉に猛は頷いた。一度目を閉じ、意識をジンの方へ集中させる。そこには、自分の剣が突き刺した悪魔の魔力が、剣を伝い持ち主である猛に伝わった。それを知った猛は、やや、躊躇いながもゆっくりと口を開いた。
「……。裁いた地獄長は……ベルフェゴールだ……」
ベルフェゴール。その名を聞いた可憐は目を見開いた。脳裏に浮かぶのは、Eランクで共に過ごしていた、オッドアイを持つ金髪の美しい少女。
Aランクの戦闘中に氷の檻で語り合ったその少女は、弘孝を想い続け、Eランクの人間を仲間として大切にしていた事は可憐もベルフェゴールの言動から理解していた。
そして、ジンが彼女に恋心を抱いてるのも、ジンの何気ない言動で察していた。そんな彼女を裁くという事は、想い人の喉や心臓に剣を突き刺すこと。
それがどれだけ負担になっているかは、親友を失った可憐には痛いほど分かっていた。
「ベルフェゴール、ですって!? ジンがそんな事するはず無いわ! だって彼は——」
「それを理由に地獄長を裁かないって事は、ありえないよ、可憐」
特にジン君ならねと付け足し、光は可憐の言葉を遮った。ジンの感情をここで第三者が確定要素のように口にするのは、お門違いではないかと考えた行動の結果だった。
そのまま、ジンの部屋の扉を塞いでいる瓦礫の所へ向かい、腰を落とし、瓦礫を丁寧に退かしていった。
「とりあえず、ジンを助けるのが優先事項か」
光の行動を見た猛もまた、光が持つことが難しそうな大きな瓦礫を優先的に持ち上げていく。可憐もまた、二人の行動を自分のできる範囲で真似をした。
数分後、扉を塞いでいた瓦礫は取り除かれ、出入りが可能となってた。猛が扉をゆっくりと開けた。そこには、背中を向けたまま、ベッドの上に座るジンの姿。その姿はベルフェゴールを裁いた姿勢と一切変わっていなかった。
扉の音を聞いたジンは、そのままの姿勢で振り向いた。
「わりぃ、猛、光、可憐。コッチからじゃ全然開かなかったから、すっげー助かった」
儚い笑みを浮かべるジン。その笑みには似合わない涙が、ジンの頬を未だに伝っていた。彼の右手には、猛の剣が未だに握られていた。
弘孝との戦闘であれだけの騒ぎがあったというのに、ジンの部屋は乱れておらず、多少シーツが乱れている程度であった。
そのシーツにも、血痕は一切目視する事は出来なかった。
可憐が光と猛よりも一歩前に出て、ジンに近付く。それを見たジンはベッドの中心に座っていた状態から、ベッドの端へと向かい、両足をおろした。
そのまま自身の隣を軽く叩き、可憐に座れと合図した。可憐はジンの合図に小さく頷くと、少し距離を取りながら座った。
「スズを裁いたのね……」
可憐の言葉に、ジンは一瞬だけ目を見開いたが、直ぐに先程の儚い笑みを見せた。頬の傷跡を伝っている涙を、ジンが着ているシャツの袖を使い、雑に拭き取る。
涙が完全に拭き取られ、目尻の涙も枯れていることを確認したジンは、可憐たち三人の汚れている服や、顔や四肢に見える切り傷を見ると、全てを察した。
弘孝が悪魔となり、可憐たちを攻撃した。ベルフェゴールに先程教えてもらった事実の信憑性が上がった程度の認識だったが、今までの弘孝の性格と、目の前で傷ついている弘孝の想い人を見ると、心臓が変な音を立てていた。
「……。アイツはオレに殺せと言ってきた。そして、弘孝が悪魔になったのは自分のせいだと、コーカイした感じでオレに言った。そのツグナイとスズの願いとして、オレはスズの最期の願いを叶えてやっただけだ」