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146話 鎮魂歌+裁き(1)

 父親と別れた可憐は、再度、土埃で汚れた自分と光のブレザーを無心で眺めていた。



「お父さんに契約者の事を、あそこまで言ったのは、正解だったのかしら」



 不意に呟いた可憐の言葉に、光は可憐に儚い笑みを見せた。彼の瞳からはオレンジ色の魔力が零れる。



「それは、ぼくにも分からないかな。契約者の資格が無い人間が、契約者の事を知ってはならないという規約は無いし……罪にはならないけど、これがきっかけで運命が変わる事は否めないかな」



 光の言葉に、可憐は、そう、と簡単に返事をした。再度汚れた自分の服を眺める。


 長年着ていたものと全く同じデザインだったが、Sランクでは新品を渡され、どこか、自分のものではなく、借り物のような感覚だった。


 その感覚が、ラファエルの器であるという事と重なり、一度自身の存在理由について自問自答した。


 その答えは、何度考えてもラファエルの器である事と、サタンの器である事しか出てこなかった。




「本当に、この服と私、似たもの同士ね」



 ふと、考えを口にしてしまう可憐。突然の言葉に光が首を傾げる前に、可憐は首を横に振った。彼女の黒い髪が激しく揺れる。



「なんでもないの。ちょっと、考え事をしていただけよ」



 可憐の言葉に、光は儚い笑みで返事をした。その後、可憐の頭をそっと撫でた。不意の光の行動に、可憐の心臓が大きく音を立てる。それは幸いにも、可憐にのみ聞こえていた。



「可憐が独り言なんて珍しいなって、思っただけだよ。いつもの君なら、しっかりと考えをまとめてから口にしているイメージがあるからね」



 そんな君でもぼくは可愛いと思うけどね、と付け足し彼女の頭を撫で続けながら、笑う光。その笑みは、よく見せる儚い笑みではなく、可憐の同級生の少年らしい笑みだった。


 そんな光に、可憐はため息で返事をした。



「私だって、独り言くらいするわよ。ただ、その私って、何者なのかしらって、ふと思ったのよ……」



 心臓の音が聞こえない事を願いながら、光に向けていた視線を逸らす可憐。意識的にため息をつくと、先程大きな音をたてていた彼女の心臓は、既に大人しくなっていた。


 汚れたスカートの裾を強く握りしめる可憐。手のひらを汚していた誰のか分からない血痕が、スカートへと移る。


 彼女の言葉の意味が理解出来なかった光は、撫でていた手をゆっくりと離した。そのまま自身の瞳に魔力を集中させ、可憐を見る。


 慈悲深いエメラルドグリーンの魔力がネックレスで抑えられてはいるものの、僅かに彼女の身体から溢れていた。その魔力の奥から感じられるものは、光が愛の大天使ガブリエルとして、探し続けている最愛の者の姿。



「可憐は可憐だよ。Aランクで暮らす十七歳の可愛い女の子。君がラファエルの器だろうが、サタンの器だろうが、魔力さえも見えない人間だろうが、君が君でいる事実には変わりはないと、ぼくは思うよ」



 儚い笑みを浮かべながら、魔力を使って見えた彼女の不安要素を取り除くように言葉を選ぶ光。しかし、光自身は彼女の不安要素さえも魔力を使わないと分からない事に苛立ちを覚え、忙しなくネクタイを無意識に整える。


 視線を一瞬だけ可憐に戻すと、そこには、光の持つ感情とは真逆の感情を抱いているのが、誰が見ても分かるほど満足気な笑みを浮かべる可憐がいた。握りしめられていたスカートの裾も、いつの間にか解放されていた。


 光の言葉によって可憐は、枯れかけていた植物が水を得たような気持ちになっていた。Sランクで過ごす前の可憐ならば、このような感情を光に抱く事は想像していなかった。しかし、今の可憐にとって、光の肯定的な言葉が何よりも精神安定剤のような気がしていた。



「そう……。ありがとう、光。あなたにそう言われたら、少しだけ、自信がついたわ……」



 自身の指先に魔力を灯し、微笑しながら見つめる可憐。その魔力は今まで以上に美しく、慈悲深い光りを放っていた。


 まるでアロマキャンドルを見つめているような表情をする可憐と、光に対して好意的な言葉に、光は思わず頬を赤く染めた。顔に熱が集中しているのが、冷たい身体からでも充分に理解できるほどの火照りが光を支配する。


 そんな二人を見ていた猛が両手を簡単に叩き、注目を集める。その後、ゆっくりとため息をついた。



「そろそろ、俺が会話に混ざってもいいか? 逢い引きはもう少し落ち着いて——」



 突然、自分の言葉を中断し、辺りを激しく見渡す猛。眉をひそめ、困り顔だったが、急に険しい表情になる。



「……! そんな馬鹿な!」



 突然大声をあげる猛に光と可憐の表情が、一気に緊張感のあるものへと変わった。それを気にも止める余裕もなく、猛は何かを探すように再度、辺りを激しく見渡した。



「どうしたの? 猛君」



 猛らしくない言動に光は首を傾げながら、猛を見る。しかし、その光でさえも、今の猛の視界には入らなかった。


 瞬時に魔力で全身を包み込み、一色猛から、裁きの大天使ミカエルの姿へと変わる。六枚の翼が激しく音を立てていた。


 そのまま猛は自身の腰に差してある剣に触れた。僅かにゴールドの魔力を纏ったその剣に触れた猛は、目を閉じ、意識を集中させる。



「一色君? 何かあったの?」



 突然ミカエルの姿へと変わった猛に今度は可憐が話しかける。しかし、猛は彼女の言葉さえも返事をせず、ひたすら自身の剣に魔力を流し込み、意識を集中させる。


 その時、ふと、猛の脳内に浮かんだ映像。それは、数時間前にすぐ近くで起こっていたジンとベルフェゴールのやり取りだった。ジンが猛の剣を使い、ベルフェゴールの喉元に剣を突き刺した映像と、ベルフェゴールが最期に遺した思いが猛の脳内に直接響く。


 二人のやり取りを唯一知った猛は、思わず目を見開き、大声をあげた。



「……?! ジンが地獄長の魂を裁いた、だと!?」

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