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133話 鎮魂歌+涙の国の君主(1)

「今の音は何?!」



 聞き慣れていない爆発音に、思わず立ち上がる可憐。しかし、爆発の振動で、地震のように揺れる部屋でバランスを保つ事は出来ず、再度ベッドに座り込む。



「分からない。悪魔が攻めてきたにしては早すぎる!」



 爆発の振動で扉の建付けに不備が出たら出られないので、光は真っ先に立ち上がり、扉に体当たりをする勢いで開けた。出口を確保したのち、可憐の所に一度戻り、右手を差し出す。


 差し出された手を可憐はそっと掴み、揺れる床とバランスを取りながらゆっくりと歩きだす。開放された扉へと向かい、広間へ視線を動かすと、そこに居たのは、長髪の少年。爆発の中心地にいたかのように放射線状に床が瓦礫となり、まるで廃墟のようになっていた。



「弘孝!? 大丈夫!?」



 光の手を取りながら、可憐は弘孝に向かって叫ぶ。彼女の声に反応し、弘孝はゆっくりと顔を向けた。紫色の瞳に映るのは恋敵の手を取る想い人の姿。



「あぁ、可憐。やっぱり、お前はそうだったのか」



 生気のない瞳で可憐を見つめる弘孝。彼の違和感に気付いた可憐は光の手を強く握る事により、光に合図をした。光はそれを瞬時に察し、自分の瞳にオレンジ色の魔力を灯した。それを通してみた弘孝には、ルビーレッドの魔力が一切見えず、その代わり、半分を占めていた悪魔の魔力が弘孝の全てを包み込んでいた。




「弘孝君?! 君はもしかして——」



「黙れ!」




 弘孝が光に向かって魔力を放つ。光は可憐を守る事を優先し、一度手を離し、彼女の前に立った。弘孝の魔力は、悪魔としての魔力であり、反応が遅れた光の腹部を(えぐ)る勢いで襲っていた。



「光!」



 弘孝の魔力を受けた衝撃で倒れ込む光。言葉にならない苦痛の声をこぼす光に、可憐は魔力を腹部に流し込み、痛みを和らげる。


 立ち上がれる程まで回復した光は、再度可憐の前に立ち、弘孝から守るように魔力で剣を具現化させて剣先を弘孝に向けた。



「弘孝! これは……どういう事なの?!」



 可憐の言葉に弘孝はまるで、汚物を見るような目で二人を見ることで答えた。



「僕はただ、今までの行いが馬鹿らしくなっただけだ」



 初めて見た弘孝の冷たい瞳に可憐は身震いした。空調が完全に管理されているSランクではありえない生理現象に、思わず数歩退る。


 それを見た光は可憐に合わせるように数歩退り、なるべく可憐の視界から弘孝が入らないようにした。



「可憐。弘孝君は……二重契約をしたんだ。彼はもう、ウリエルじゃなくて、悪魔になったんだ」



 二重契約。その言葉を聞いた可憐は一瞬だけ時間が止まったような感覚に襲われた。今まで信じていた幼なじみから裏切られたこの感情に思わずスカートの裾を強く握りしめた。


 悪魔が出来るならば、もちろん天使も二重契約が出来る。それは可憐の頭では理解していたが、光と弘孝がそのような事をするような人柄ではないと、可憐は信じていた。



「そんな……」



 どうしてそんな事をしたの。あなたはそんな人では無いはずよ——。弘孝に言いたい事は山ほどあったが、たった三文字の言葉だけが力なく可憐の口からこぼれた。


 幼い頃から時間を共にした弘孝から、初めて見た可憐を蔑むような目は、今までの彼との時間を全て無にされたような感覚だった。それは、光との会話で、心臓が押し潰されそうな感覚ではなく、心臓そのものが消えたか穴が空いたような感覚だった。



「混血の彼が二重契約をするって事は、ウリエルとして生きていた時と、変わらないくらいの魔力を持ったまま、悪魔になれるんだ……。ちょっとこれはかなり不利な状況だね」



 光の言葉で可憐は瞬時に理解した。そもそも天使と悪魔、二つの魔力を持って産まれた弘孝は二重契約をノーリスクでする事が可能であると。


 スズがその事をAランクで共に囚われている時に話してくれなかったのは、自分がそこまで尋ねなかったから。Sランクで契約者は嘘をつかないが、答える範囲が広くない事を知った可憐は、過去の自分に怒りを覚えていたが、スズを責めることは無かった。


 スカートの裾を再度強く握りしめ、弘孝を睨みつけた。



「僕は、戦いの大天使ウリエルの魔力も記憶も全て失った。代わりに、ある悪魔の記憶を受け継いだ」



 弘孝の中には既にウリエルの記憶は全て無くなっていた。ルシフェルとの戦いも、氷結地獄(コキュートス)での番人も、ガブリエルとラファエルの転生も、全て彼の中では無かったことにされていた。


 ラファエルを守る騎士になる。その目的は弘孝の中で完全に消えていた。代わりにその隙間を埋めるのは、光への嫉妬心だった。自分ではない他の男が、ガブリエルとなる運命であり、ラファエルとなる運命である想い人と結ばれる。その現実に耐える理由が弘孝は納得出来なかった。


 両手に魔力を集中させ、弘孝は闇と毒を混ぜたような色をしたバイオリンと弦を具現化させた。完全五度に調弦された弦をバイオリンの上に乗せ構えた。一音だけ音色を出した後、弘孝は弦を光たちに向かって片手剣を構えるように突き出した。



「十地獄第一地獄“いと高きものどもの地獄”第一下層獄長モロク。それが今の僕だ!」


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