127話 鎮魂歌+和解(3)
光やレフミエルを自室から退出させた可憐は、一人ベッドの上に横になりながらため息をついていた。
既に一人になって三十分以上が経過し、レフミエルの魔力も効果が無くなり、監視下に置かれている事を左手首の機械が数値を忙しなく変動させている事で示していた。
ふと、レフミエルの事を思い出す。しかし、その後ろには優美の姿があった。二人を無意識に重ねていた可憐は、彼女に、どれだけ失礼な態度をとっていたのか、思い出すだけで自分に対して失望のため息がこぼれていた。その後に思い出すのが、光が自分に言った否定の言葉。
「何やっているのかしら、私」
左手首の機械から示される数値が、変動するのを焦点の合わない瞳で見つめる可憐。黒い瞳には確かに機械の画面と数値が映っていたが、彼女の脳内には平手打ちをした直後の光の姿がハッキリと残っていた。物理的な痛みはとっくの昔に引いていた可憐の右手だったが、未だに光の頬を叩いた感触が残っていた。
初めて光が天使だと可憐に伝えた時にも、反射的にしてしまったこの行為。当時は自分を見下されたという怒りからの行為だったが、今回は自身でも、どの感情がきっかけでの平手打ちだったのか分からなかった。
機械を眺めるために上げていた手をゆっくりとおろし、自身の胸元に当てる。心臓が規則的な動きをしているのが伝わる。しかし、可憐はそれ以上に息苦しく感じていた。心臓の動きは数値でも自身の触診で確認しても大きな変化は無かったが、耳を塞ぎたくなるほど鮮明に聞こえる動悸が可憐を襲っていた。
ふと、自分が光に行った平手打ちを全て思い出す。優美がまだ悪魔になる前、Eランクでの出来事、そして今回。全て光は避けたりせず受け止めていた。
光の実力ならば、魔力を使うなり動体視力なりで簡単に平手打ちをされる前に、避けるか、手首を掴むなどで対処出来たはずだ。それを、光は一切しなかった。それは、光なりに可憐の感情を受け止めていると冷静になって考えると、可憐は自分がどれだけ幼稚な行動を取っていたのか思い知らされた。無意識にベッドのシーツを強く握りしめる。
「私が光に甘えていただけね」
自身の感情をなるべく冷静に言語化する可憐。再度ベッドのシーツを強く握りしめる。既にシワになっているシーツは、その部分だけ、可憐の手のひらの体温が伝わり、無機物だけでは感じることの無い温もりがあった。
再度可憐の脳裏に光の姿が現れる。張り付いた笑みだけではなく、儚い笑みを浮かべる姿を思い出すと、可憐の心臓が再度苦しみだす。
初めて光と出会った時と似たような第六感が可憐を支配していた。今会うべきでは無いというこの感覚は、今でも変わらない。
しかし、その根拠がどこにも無いのだ。光と時を共に過ごせば少しはヒントがあると可憐は考えていたが、その第六感のようなものは、時を共に過ごせば過ごすほど、可憐の語彙力では表現不可能な感情へとなっていた。
「ダメだわ。一人だと余計な事を考えてしまうわ」
一度外に出て散歩でもしようと思い、握りしめていたシーツを離す。そのまま可憐は、起き上がり、乱れた髪を整え、立ち上がった。横になることで、うなじの方へ回っていた光から貰ったネックレスの十字架を前に移動させ、強く握りしめた。
ネックレスが持つ独特の冷たさが、可憐の生きている人間らしい体温を帯びる手のひらに冷たさを伝える。それが、命を持たない光の冷たい身体を思い出させた。必然的に彼の顔を思い出した可憐は首を激しく横に振り、十字架を手放した。
そのまま、足音を立てながら自室の出入口である扉の前に立ち、扉に触れようとした途端、扉の向こうから二人の少年の声が聞こえた。
「ぼくは可憐に用があるんだ」
「僕だって、可憐に話したい事がある。僕の要件が終わってからでもいいだろ」
聞き慣れた二人の声に可憐は思わず扉を開けた。その先には可憐の視界には見慣れた茶髪の少年と、腰よりも長い黒髪をポニーテールにしている少年が口論をしていた。
「……。何をしているの」
可憐は、まるで幼い子どもの喧嘩を見ているかのような目で、二人を見ていた。可憐の姿を見た光と弘孝は口論を一瞬で辞めて可憐に視線を移した。
「あ、可憐! 君に話したい事があったんだ!」
「可憐! 先程の口論について話したい事がある」
二人がほぼ同じような事を言うと、可憐は一度、二人の前でわざとらしいため息をついた。早く部屋に入ってと素っ気なく言うと、散歩に行く気力を無くした可憐は、先程横になっていたベッドの方へ足を進めた。
光と弘孝も可憐に待って欲しいニュアンスの言葉を言いながら、可憐の後を追った。
全員が部屋に入り、扉が閉まるのを光が確認すると、彼はオレンジ色の魔力を指先に灯し、部屋全体を包み込んだ。淡い色の光の魔力は可憐と弘孝の左手首に着けられている機械も強制的に平常値を示させていた。
「……。まずは、私から言わせて欲しいの。光、あなたの意見が正しかったわ。私は、フミ……レフミエルを優美として接していたわ。それは、彼女にとって失礼だと思ったわ。それに私は、器である事を理由にあなたに随分長い間甘えていたみたいね」