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124話 鎮魂歌+依存(4)

 突然、目の前の茶髪の少年から言われた言葉。誰もが予想していなかったその言葉は、言った本人以外全員の目が見開いた。



「光! お前……」



 弘孝が立ち上がり、光の胸ぐらを掴もうと一歩前に出たが、再度こめかみの痛みに襲われ、それ以上動く事が出来なかった。



「ガブリエル様?!」



 レフミエルもまた、驚きの声を上げるが、大天使と熾天使の立場上、これ以上の行動を起こす事は不可能だった。光は、そんな二人にお構い無しに可憐をずっと見ていた。彼女の黒い瞳が僅かに泳いでいた。



「何が言いたいの。器と割り切っている私は感情の動きが鈍くなるから、契約し難くなる。そこが今のあなたにとって都合の悪いという意味かしら」



 まるで宿題を忘れ、教師に怒られている子どものような目で光を見る可憐。反抗しているのか、不貞腐れているのかは光には分からなかった。




「違うよ。ぼくは、ただ、契約者に依存している可憐に幻滅しているだけだよ」



「光! 黙って聞いていれば、可憐に何を言っている」




 二人のやり取りに弘孝が大声を出して割り込む。こめかみの痛みは正直立つのさえも難しい程の激痛だったが、それ以上の怒りが弘孝の激痛を強制的に押さえつけていた。悪魔の魔力を秘めた瞳が光を睨みつける。



「弘孝君だって分かっているでしょ。親友を失って、その親友そっくりな熾天使が現れて、彼女を親友に重ねて接している。じゃあ、レフミエルが沖田さんに似ていなかったら? 契約者の一人という程度の認識で終わらせていたのかな? そうならば、本当に今の可憐は、もうこの世には存在していない親友をただレフミエルに重ねて依存しているだけじゃないか」



 光の言葉に弘孝はひと言も反論出来なかった。数日前から、可憐がレフミエルと優美を無意識に重ねて接している事は光の魔力で作られた映像から確認していた。その後も彼女の態度からレフミエルが直属の熾天使以上の存在である事も何となく察していた。


 しかし、それは、親友を目の前であのような形で失い、Sランクという不平等な世界へと放り込まれたのなら、それくらいの精神的な負担は当然だと考えていた。



「可憐だって、あのような事が一気に押し寄せてしたんだ。多少精神が不安定になっていても、誰もそれを咎める権利はない」



 弘孝が二人の間に立ち、可憐を自分の背に回す。可憐の髪よりも長い弘孝の長髪がゆっくりと自身の背中を撫でていた。



「弘孝君、ぼくは別に可憐の気持ちを理解出来ていない訳じゃないんだよ。ただ、可憐が自分を卑下して、更に自分を見失って、レフミエルに依存して、現実逃避している彼女に対して惹かれないと言っただけだよ」



 光の反論に弘孝はそれ以上の言葉を返すことが出来なかった。どこにも向けられない怒りを自身の拳で無理やり昇華する。怒りに比例するかのように弘孝の拳から漏れる悪魔の魔力が光の視線を集めた。



「お前の意見は正論だ。ただ、可憐の気持ちをもう少し汲み取れ」



 弘孝なりの精一杯の反論は光に辛うじて聞こえたくらいの小さな声だった。そのまま振り返り、弘孝は無言で可憐の部屋から出ていった。彼が出ていった跡には闇と毒を混ぜたような色をした魔力が僅かに残っていた。



「弘孝!」



 可憐の名を呼ぶ声は、既に部屋を出ていった弘孝には聞こえなかった。それを瞬時に察した可憐は、扉の方から視線を光に戻す。可憐の大きな瞳が光を睨みつけていた。



「さっきから何が言いたいの? 私に私らしくいろって事かしら? そこまで言うと、私がフミと優美を重ねて、依存しているのが気に入らないだけだと私は思うわ」



 私はただの器なのよね。そう口にしたかったが、それは無意識に自分の中で可憐は飲み込んでいた。本心では理解している自分の役目が、今の可憐にとって、複雑な鍵がかけられている足枷でしか無かった。



「簡単に言ったらそうかもしれないね。ぼくは、ハッキリとした目標を持って、それに向かって真っ直ぐ進んで、現実を直視可能(リアリスト)な君に惹かれていたんだ。今の君にはそれが全く感じられないよ」



 今日、何度目か分からない可憐を否定するような光の言葉は可憐の心臓をこれ以上ないくらい苦しめていた。


 魔力に当てられた訳でもない。酸素濃度も恐ろしい程に管理されているこの部屋で可憐は、標高の高い山にでも出かけたかのような息苦しさがあった。


 スカートの裾を強く握りしめ、怒りを少しでも鎮圧し、呼吸を整えようとする可憐。しかし、どれだけ強くスカートを握りしめていても、心臓の苦しさは変わることがなかった。



「ぼくも、君に謝らないといけないことが沢山あるよ。五年の縛りの事も、もちろんだよ。それに、ぼくは君に誓っていたよね。何でも答えるって。それは、質問されたら全てにおいて正直に話せるってだけで、真実を語ることは許されていない。こんな狡いぼくに失望するならしていい。そして、ぼくはそれをうけいれるからね。だって、ぼくは、ぼくとして君を——」



 光が自身の気持ちを全て可憐に伝える前に光の頬から乾いた音が聞こえた。


 光の頬と可憐の右手が同じ痛みを共有していた。




「可憐……」



「出て行って」




 痛みを感じている右手をそっと左手で包み込みながら可憐は俯きながら呟いた。



「出て行って!」



 再度同じ事を今度は大声で口にする可憐。視線も俯いていたが、光へと向けていた。彼女の目尻には涙が浮かび、右目の涙は飽和し、頬を伝っていた。


 そんな彼女を見た光は一度だけ彼女に儚い笑みを見せた。そして、そのあと、ゆっくりと歩き出し、扉に触れた。



「落ち着いたら、また話そうね」



 それだけ可憐に聞こえるくらいのやや小さな声量で呟くと、光は扉を開けて、可憐の部屋を後にした。


 残されたのは部屋の主とレフミエル。可憐がレフミエルに視線を移した頃には、左目からも涙が溢れ、頬を伝っていた。



「ごめんなさい、フミ。今は一人にして欲しいの」



 可憐の言葉にレフミエルは慈悲深い笑みで返した。



「かしこまりました、可憐様。機械操作の魔力はあと三十分ほどは持ちますので、そこを頭の隅において行動して下さいね」



 レフミエルはそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がり、可憐に背を向け、失礼しましたと小さく呟くと、光と同様に可憐の部屋を後にした。



「なんなのよ……この気持ちは……」



 可憐の言葉は誰にも届いていなかった。


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