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123話 鎮魂歌+依存(3)

「違う……ぼくは……そんな事……思っていないよ」



 動いていない心臓が異様に光を苦しめる。黒い瞳から僅かに涙が浮かぶ。この涙が、胸の苦しさからなのか、他の理由があるのか、光には分からなかった。偽りを示す左手首の機械は光の感情を受け止めず、平常値を示していた。



「さっき、ラファエルが皆に何を言ったのか、私には分からないわ。恐らく、サタンの器でもある私を守る為に一秒でも早く光と契約しろとせがんだ所じゃないかしら」



 ため息混じりに光を軽く睨みつける可憐。光は、そんな可憐に対し、首を横に振る事しか出来なかった。




「違うよ。ぼくと同じで、君を守ると言ってくれたんだ。そして——」



「私がサタンの器でもあるからでしょ。私として……磯崎可憐としては、契約者は誰も見てくれないのね」





 光の言葉を途中で遮るように口を開く可憐。視線を光から弘孝へと移す。弘孝は、光が可憐を抱きしめている時から突然襲われたこめかみへの痛みを誤魔化すように患部を強く手で押えていた。



「……。弘孝は違うと信じているわ。あなたが混血でも、私が器ということを知る術が無かったと思うし。それに、私は、弘孝のその真っ直ぐな心が好きなのよ」



 可憐が弘孝に向かって口にした言葉。その言葉を聞いた弘孝のこめかみへの痛みが一瞬で消えた。押さえていた手を離し、可憐を見る。幼い頃から変わらない慈悲深い微笑。その笑みを見るだけで弘孝のまだ動いている心臓はこれ以上にない苦しさと、彼女を命に変えてでも守り通すという決心が弘孝を支配していた。



「……。僕もその自分の気持ちを素直に言える可憐を尊敬している」



 僕は、僕の事をそうやって好きだと言ってくれる可憐が好きだ。弘孝の本音は数秒の沈黙を使い、飲み込んでいた。混血として、ウリエルの器として言える最大限の好意を伝え、先程ラファエルの魔力を浴びて火照っていた身体が落ち着いてきたのを確認し、緩めていたネクタイを戻した。


 そんな二人を見ていた光は弘孝にだけ分かるように彼を縄張り争いをしている獣のような目で一瞬だけ睨みつけた。それに気付いた弘孝もまた、光と似たような目で睨みつけた。



「ありがとう。さぁ、フミ、紅茶の続きをしましょう。冷めてしまったから、また新しいのを頼んでもいいわ」




 形だけの例の言葉を述べると、残りはレフミエルへと言葉を繋げる。先程からずっと、床に膝を着いていたレフミエルの視線が可憐へと向けられた。




「分かりました。可憐様」




 レフミエルが膝をゆっくりと床から離し、残していた紅茶が入ったティーカップを手にした。口の広いティーカップは、中の紅茶を簡単に冷やしていた。


 可憐もまた、冷えた紅茶を手に取り、口にした。温かい状態で飲むことを前提として作られた紅茶は冷える事により、渋みが増して心の底から美味とは言えなかったが、ラファエルに身体を一瞬だけだが奪われていた可憐の乾いた口には渋みは関係なかった。


 紅茶を一気に飲みきり、ソーサーにティーカップを置く。陶器が軽く重なる音が全員の耳に届いた。レフミエルもまた、可憐と同じ行動をとり、渋みの残る紅茶を飲み干した。ほぼ同時に同じ行動を取ったことを可憐は、まるで子どもが大人の真似をして笑い出すような気持ちになり、無意識に口元が緩んだ。




「同じ事をしてしまったわ。私たち、似たもの同士ね」



「可憐様がそう仰って下さるのであれば、光栄です」




 レフミエルが慈悲深い笑みを可憐に向ける。それを見た可憐が頬を赤く染める。



「レフミエルは無条件でいいんだね」



 二人の一連の行動を見ていた光から出た言葉。それは、今まで可憐に向けていた優しい声色とは違い、光らしくないやや低めの声色だった。



「何が言いたいのよ」



 可憐もまた、光の声色に違和感を覚え、やや反抗的な声色で返事をする。初めて出会った時と似たような雰囲気だったが、唯一違っていたのが、光からの好意が伝わらなかった所だった。



「君はいま、親友を失った喪失感をレフミエルで埋めている。これは、ぼくたちが君を器と接している時と全く変わらない事だとぼくは思うよ。親友に似ている契約者を親友とすり替えて求めている。これは、ラファエルとしては失格じゃないかな」



 光から初めて感じた好意のない言葉。それは、可憐の胸を不思議と苦しめていた。その原因が今の可憐には理解不能だった為、怒りと認識し、スカートの裾を強く握りしめた。



「私が優美とフミを重ねていて、フミをレフミエルとしてではなく、優美として見ていると言いたい訳?」



 可憐の言葉に光はゆっくりと頷いた。そこには見慣れた張り付いた笑みはもちろん、可憐によく見せる儚い笑みさえも無かった。



「可憐、ちょっと君は契約者を誤解しているみたいだね。一度死んで、他人の記憶として生きている契約者(ぼくたち)だけど、それは、神に愛された結果なんだ」



 光の妙に噛み合わない会話に可憐は、怒りを覚え、光を軽く睨みつけた。黒い瞳に映るのは、笑みを浮かべていない茶髪の少年。



「単刀直入に言わせてもらうよ。ぼくは、今の可憐に魅力を感じないんだ」



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