122話 鎮魂歌+依存(2)
「ガブリエルも、ウリエルも、この少女を守る事に精一杯なのですね」
突然可憐の口から出た彼女のものでは無い言葉。その言葉を聞いた光は慌てて可憐の瞳を見た。日本人らしい黒い瞳ではなく、癒しの大天使ラファエルの持つ魔力と同じ鮮やかなエメラルドグリーンへと変わっていた。
魔力も光のネックレスが抑えられる量をはるかに上回り、可憐の全身から慈悲の魔力が溢れ出ていた。
「ラファエル様……!?」
レフミエルが慌てて飲んでいた紅茶をテーブルに置き、床に膝を着いた。忠誠を示す姿勢を取り、深く頭を下げる。
「久しぶりですね。レフミエル」
顔を上げてくださいと付け足し、レフミエルに慈悲深い笑みを送る。その笑みは、可憐の顔であったが、雰囲気や瞳の色はラファエルそのものだった。
ラファエルの言葉を受け取り、レフミエルは姿勢はそのままで顔だけを上げてラファエルを見た。
「あなたは、わたしが目覚めるまで、この子を何がなんでも守ってください。彼女は、わたしの器であり、わたしでもありますからね」
御意と二つ返事をし、再度頭を深く下げるレフミエル。しかし、数秒後にはゆっくりと顔を上げた。レフミエルが顔を上げるのを確認したら、ラファエルは視線を弘孝へと向けた。
「あなたがウリエルの器ですね。あなたの魔力がこの少女を悪魔から守っていてくれました……。あなたが彼女を守りたいという気持ち……わたしの方から感謝の言葉を言わせてください」
弘孝に慈悲深い笑みを向けるラファエル。彼女から漏れる可憐以上の魔力が弘孝を優しく包み込む。
しかし、混血の弘孝にとって、それは心地よくもあり、この世で一番苦しいものでもあった。弘孝は、酸素を奪われたような感覚になったが、それを悟られないようにラファエルに向かって軽く一礼した。
「僕は……僕としての責務を全うしただけだ」
息苦しい中、辛うじて弘孝の口から出た言葉をラファエルは微笑で受け止めた。そのまま視線を今度は光へと移す。
弘孝の額に冷や汗があったが、それを自分のシャツの袖で拭っていた。完全に管理され、人間にとって最適な気温に管理されている部屋だったが、身体の火照りを感じた弘孝はブレザーのネクタイを僅かに緩めた。
「ラファエル……。君は、彼女が二つの魂を持つ者だと分かっていて、こんな事をしているのかい?」
光がガブリエルとして、ラファエルに話しかける。可憐の身体を借りているラファエルはゆっくりと首を縦に降った。
「わたしが、彼女の身体を選んだ時に、妙な違和感がありました。まるで、先客が居るような……。そのような感覚は彼女と時を過ごすほどハッキリとして、ガブリエルと出会った時に気付きました」
可憐の声色。可憐の口から出ている言葉だが、それは可憐のものでは無かった。エメラルドグリーンの瞳が朱色に染まった瞳の光を映した。
「……。それで、可憐をどうするつもりなの? 強制的に君が今、ぼくと契約するのかい? それとも、ぼくたちの行動を可憐の中に潜りながら傍観しているの?」
ガブリエルとして挑戦的な笑みを浮かべる光。
二人の異様な雰囲気と魔力に混血の弘孝は空気中の酸素を減らされたような息苦しさがあった。悪魔の血が二人に抗えと訴えるが、ウリエルとしての血がそれを抑える。その体内でのやり取りが、弘孝の呼吸を無意識に乱していた。
「……。ガブリエルも知っていますよね。契約をする時の人間の感情が転生後の魔力の大きさを決めることを。彼女にはまだそれがありません。わたしは、彼女が本気で叶えたい願いを見つけるまで、ルシフェルにこの身体……神に最も愛された一人の身体を奪われないように最善を尽くします」
ラファエルはそれだけ言うと、可憐の中に戻るように魔力を徐々に弱めていった。それと同時に可憐の瞳の色が元の黒い瞳へと戻っていった。魔力も光のネックレスが抑えられる程度の量へと戻っていった。
「私……」
「可憐!」
私、またラファエルに身体をと可憐が口にする前に光が可憐を強く抱きしめた。抱きしめると同時に光の瞳もまた、朱色から黒へと戻っていた。
「君は……ぼくにとって大切な存在なんだ」
無意識に光の口からこぼれた言葉。それは、可憐の胸を苦しめていた。死体独特な冷たい身体。しかし、その冷たさが光に抱きしめられていると実感できる。
レフミエルとの抱擁とはまた違う安心感は、可憐が先程までラファエルに身体を預けていた事を一瞬だけ忘れさせる事が出来たが、自分がラファエルの器である事をさらに強く自覚させた。
「あなたは、私の事を器以外では見ていないのでしょ」
可憐もまた、無意識に言葉を述べた。その言葉は、小さな声だったが、抱きしめていた光の耳に確実に届き、彼の動いていない心臓に鉛を埋め込んだような感覚を覚えさせた。
ゆっくりと抱擁していた両手を離し、光は可憐から数歩さがり、離れた。人間として生きている可憐の人間らしい体温から感じた温もりが、光の両手に未だに残っていた。




