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117話 鎮魂歌+熾天使(2)

 右手をきつく握りしめ、春紀は決意を示す。未だに彼の脳内にハッキリと思い浮かぶルキフグスの姿と月下美人の髪飾り。それは、過去に一度だけ契約者となった自分が愛した女性を思い出させた。


 自分の思い出の花である月下美人を悪魔の魔力の色で塗られ、自分と同じような類の契約者がそれを所持しているのは、春紀にとって侮辱でしかなかった。



「私も、スズ……ベルフェゴールを倒さないといけない。互いに契約者と分かっていたけど、人間としてウリエル様のお傍で過ごしていた時は、家族のようだったわ」



 アリエルもまた、春紀と同じように右手を爪が手のひらに食い込む程の力で握りしめる。



「地獄長と寝食を共にしていたの?! ありえないわ」



 アリエルの言葉にレフミエルが目を大きく見開かせながら声を上げた。空色の瞳にアリエルの傷痕だらけの顔が映り込む。



「誤解しないで。私はただ、ベルフェゴールがウリエル様に近付いた事を知っていたから、彼女が尻尾を見せるまで見張っていただけだって。どのレベルの地獄長かとかが全く掴めなかったのよ。結局、何もわからないで向こうから離れていったわ。本当、三年くらい一緒にいたけど、まるで恋する一人の少女だったよ」



 ため息混じりに説明するアリエル。ふと、彼女の脳内にEランクでサキとして生きていた三年を振り返る。


 そこには、悪魔として生きるベルフェゴールが弘孝に誘惑する事は一切なく、ただ一人の片想いの少女として、想い人の為に必死に生きている姿だけが印象に残っていた。



「私には恋をするという感情はどうやら無いらしい。ただ、神を信じ、我が大天使様を信じる。これができる。ウリエル様を信じていたからこそ、救われた事が沢山あった。これはアリエルとしても、人間のサキとしても感謝している事よ」



 握りしめていた手を自分の心臓の位置に移動させるアリエル。彼女の瞳にはレフミエルが映っていたが、レフミエルはそれに気付かなかった。



「自らの信仰を強く持つ事はとても素晴らしいですよ、アリエル。ウリエル様との関係も良好で良かったです。私は沢山のガブリエル様にお仕えしましたが、今のガブリエル様はどうも相性が悪いんですよ」



 二人の会話に春紀がこれ以上の会話を制するように割り込む。先程の握りしめていた拳は既に無くなり、普段通りの儚い笑みを浮かべていた。


「そんなに沢山? あなた、どれだけ長生きなのよ」



 目を丸くするレフミエル。彼女の表情に春紀は儚い笑みではなく、悪戯をした子供のような笑みを浮かべた。



「記憶にあるだけで約千二百年。と言わせていただきます。私はミカエル様の次に長く生きている契約者ですからね。人間の体を借りて生きていると言えば最年長ですが」



 契約者として生きる苦しさを知っているアリエルは春紀の言葉を聞いて視線を逸らした。彼女も百年ほど生きているが、それでも弘孝に出会うまではウリエル直属の熾天使として一人で天界を守り続けていた。裏切りの契約者たちを斬り殺し、裁く。これを永遠と思われるくらい繰り返していた彼女も契約者として生き続ける辛さを理解していたからだ。



「花の契約者。可憐はどのラファエル様よりも魔力を持っているって本当?」



 なるべく話を逸らすように話しかけるアリエル。無意識に手の甲や頬の傷痕に触れる。



「えぇ。それは間違いありません。サタンの器であることを差し引いてでも、これは揺るがない事実です。幾ら契約をしていない人間が天界に行き、あそこまで自由に魔力を使いこなせるなんて、有り得ませんからね」



 そもそも天界に行った人間が可憐さんが初めてですけどねと付け足し、春紀はアリエルに微笑んだ。やや首を傾げながら微笑んだので、彼の長い金髪が月光を浴びながら美しく揺れた。



「可憐は特に変わった生い立ちでも無いのに……。神は何を望んでいるんだ……」



 Eランクで過ごした可憐の姿を振り返るアリエル。指先を顎に触れ、考える素振りをする。彼女の言葉に反応したのはレフミエルだった。



「神が何を望んでいても、可憐様が偉大なお方なのには変わらないわ。私は、あの方をお慕いし、忠誠もしているのよ。可憐様がカラスが白いと言えば私の意見も白となる」


 自分の右手を握りしめ、心臓の位置に移動されるレフミエル。まるで、遠距離恋愛の恋人を想うような仕草は、アリエルと春紀に違和感を覚えさせた。



「レフミエル。可憐さんをお慕いするのは結構ですが、慈悲と甘やかしを混同させないようにしてくださいね。これは、可憐さんの為でもありますから」



 春紀が諭すような優しい笑みを浮かべながらレフミエルを見る。しかし、レフミエルはそんな春紀を見る素振りをせずにフードを深く被った。金髪が白いフードの中に隠れ、Sランク独特の雰囲気を持った人間のようになる。



「私はありったけの慈悲を可憐様へ届ける予定よ。例え、ガブリエル様やウリエル様が可憐様を叱ったとしても、私はそれを庇うつもりよ」



 レフミエルはそれだけ言い残すと、入ってきた扉から出ていった。


 残されたのは春紀とアリエル。数秒の沈黙のあと、春紀が先に口を開いた。




「今回のレフミエルは随分厄介な性格ですね」



「そうなんだ。やっぱり、人間だった時の性格って色濃く出るんだね」




 再度自身の頬の傷痕に触れるアリエル。無意識に傷痕に触れているが、触れる度に動いていない心臓が若干苦しかったような気がしていた。



「彼女はDランクで誰にも慕われずに生きていました。契約内容も契約者となってから自分が忠誠し、愛情を向けれる人に出会いたい。といった少し特殊なものでしたので、こうなるのは必然、なんですよね。恐らく可憐さんに既に依存に近い状態になっているのではないでしょうか」



 自分の長い金髪に無意識に触れる春紀。そんな彼をアリエルは苦笑しながら見ていた。



「なるほどねぇ。そう思ったら仕方ないのかなぁ。私たちはだだ、それぞれの大天使様のサポートをする事に集中しますかっと。そろそろ戻らないと、怪しまれそうね、花の契約者」



 月の位置で時間を把握するアリエル。彼女の左手首には腕時計型の機械はおろか、Sランクの人間なら埋め込まれている機械さえも無かった。



「そうですね。私たちの存在は少しでも違和感を持たれたら気付かれるのは時間の問題。急ぎましょうか」



 春紀はそう言うと、自身の背中から白い大きな二枚の翼を露わにした。アリエルもそれに続く。春紀が魔力を使い、月光が差し込むガラスの天井を開かせる機械を強制的に作動させた。


 数秒間、機械音が鳴ると、月光だけではなく、冬の寒さも建物に侵入した。それを確認した春紀は翼を羽ばたかせ、建物を後にした。



「リーダー。また後で。私はずっと、あなたを信じているよ」



 アリエルもまた、春紀と同様に翼を大きく羽ばたかせた。


 二人が飛び立った後には白い羽根が一枚だけ、床を撫でていた。

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