113話 鎮魂歌+差別(2)
再度一人残された可憐。運ばれた料理に視線を動かすと、Aランクでよく見る陶器の食器ではなくプラスチック容器に入ったパスタとケーキの蓋を取った。柔らかい触感のプラスチック容器は、Sランクの人間の再利用する時間の短縮と、環境への配慮を同時に実現された土に還る使い捨て容器だった。
容器の蓋を開けた時に香る魚介の磯の香りとクリームの優しい香り。
魚の種類も可憐が見慣れない魚卵や切り身、貝類がバランスよく混ぜられ、彩りも完璧だった。フォークのみ渡されたので、パスタの先のクリームが跳ねないように気をつけながらゆっくりと巻いた。出来たてのパスタは湯気を出しながら、可憐の頬を湯気で温める。Sランクで初めて好みの食べ物を一口食べる。
「……。美味しい」
思わず言葉に出た正直な感想。
Aランクで食べていた同じパスタとは比べ物にならないくらいほど濃厚なソース。パスタもソースに合った太さと硬さ。今まで食べたことの無い魚介類がクリームと混ざり、口の中で踊るように味を出す。
一口、また一口とパスタをフォークで上手に絡め取り、口の中に入れる。成長期の身体にはあれだけの朝食では足りなかったのと、遅れた昼食により、空腹が限界に近付いていた可憐の身体は無意識に食べ物を求めていた。
それに反応するかのように可憐は大好きなパスタを無言で貪る。時々、クリームが可憐の口元に付着するが、その度に付属の紙ナプキンを使い、上品に拭っていた。
普段から慣れている一人での食事。しかし、それは両親の愛情を感じていたからこそ出来たことだった。
その感情を埋め合わせれるものに近いのが昨日出会った優美にそっくりな契約者だった。
長さは違ったが同じ艶のある金髪。明るい声色。背丈。そして、自分に向けられている友愛。ほとんど優美と変わらないレフミエルに今すぐに会いたい。そう願ってしまった。
レフミエル。そう口にしたかったが、監視下におかれている状況だと、それさえも許されず、ただ無言で今までに食べたことの無い美味なパスタを口にしていた。
誰とも会話をしないで食べたのと、空腹による食事スピードによって、数分でパスタを完食すると、口直しに紅茶を一口飲んだ。
保温されたタンブラーに入れられた紅茶は、ティーカップで飲む時よりかは香りを感じることは出来なかったが、濃厚な魚介クリームによって濃くなった口内をリセットするには充分だった。
「初めて食べた味だったわ」
一人感想を述べる可憐。一口目と変わった無意識に出た感想はふと、我が家の似たようなパスタを思い出した。母が作ってくれた魚介のクリームパスタは、これ程濃厚でも魚介が豪華でもない。しかし、母のパスタは毎日食べても飽きない自信があった。今回食べた濃厚な魚介クリームのパスタは、確かに可憐の想像以上の美味だったが、おかわりしたいや、明日や夕飯にも食べたいとは一切思わなかった。数年に一度食べれれば充分という感想が正直なところだった。
この事から可憐は母の顔を思い出した。黒服の男に尋ねても無事だとしか言われていない。という事は、両親も可憐たちと同じようにSランクに移動しているのか。現にジンたちも手段は多少違ったが、Sランクの同じ施設で暮らすことになっているらしい。それならば、両親もここの建物のどこかにいてもおかしくない。そう思った可憐は、事情聴取の時にこちらから先に両親の安否を尋ねようと決心した。
デザートのケーキを口にしようとした時、扉からノックする音が聞こえた。
「……。はい」
無意識に魔力を使い光では無いという事だけを確認すると、簡単に返事をする可憐。魔力も感じる事は無かったし、見知らぬ気配だったので、恐らく事情聴取なのであろうと判断し、相手が顔を見せる所まで待っていた。ケーキの入っていた容器の蓋を閉める。
数歩歩いた足音が止まると、そこには見慣れた白い服を着た男であろう人間が可憐の前に立っていた。
左手首には初めてSランクで出会った女と同様にデジタル的な数字が時計のように皮膚から浮き出ていて、右手にはタブレット端末を持っていた。視線を合わせるために立ち上がる可憐。
「失礼。磯崎可憐さんであっているかな」
「はい」
Sランクで出会った大人のなかではまだ感情的な声。可憐はそれに対し釣られるように似たようなトーンで返事をする。椅子のない部屋だったので、男は自身の左手に触れると、床から白いパイプ椅子を登場させていた。それを見た可憐は、この施設に初めて入った時に女が行っていた事を思い出した。
男がパイプ椅子に腰掛けると、可憐も先程と同じ場所のベッドに腰掛けた。
「少し、事情を聞きたいが、答えたくないものは無理に答えなくても良い。ただ、自分の都合の良いように話されたらそれは罪となる事を覚えていて欲しい。」
形だけ正直に話して欲しいと言っているような男の口調。まるで思春期の少年少女に勉強しろよと言っている大人と同じくらいの勢いで話していたが、このランクの事実を知っている可憐にとって、それは脅しのように聞こえた。無言で頷き、次の言動を観察する。
「まず、君たちの目の前で起こったことを尋ねる」
男の言葉に再度頷く可憐。彼女の頷きを確認した男は、自身が持参したタブレット端末に触れ、とある資料のページを簡単に黙読した。そして、可憐へと視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。