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112話 鎮魂歌+差別(1)

 扉を思いっきり閉めて歩き出す可憐。思わず感情的になって、弘孝の部屋から退出した可憐は、ふと、自身の左手首を見た。手首に装着されてある機械は猛の魔力でコントロールされていた時とは違い、体温と心拍数がやや上昇していることを記録していた。



「ふぅー……」



 落ち着きなさい、私、と内心呟き、深呼吸をする。再度左手首を確認すると、先程よりかは平常値に近い数値を確認する。弘孝の部屋と対角線上にある自室へと向かう。自室の扉の前に着くと、ゆっくりと扉を開けて部屋に入る。弘孝の部屋と全く同じ間取りと家具家電の自室はまるで今までみんながいたのに一瞬で消えたかのような錯覚に陥った。


 扉を閉めてベッドに腰掛け、再度深呼吸をする可憐。


 光の事を考えそうになるので、それを誤魔化すように辺りを見渡した。そこで目に止まったテーブルの上に置いてあるタブレット端末を手に取り、中身を確認する。そこには自身の健康状態を確認するページと、飲食物を注文するページだけが示されていた。朝食は健康診断もあるので、白い服を着た女たちが持ってきたバランス栄養食のようなクッキーと紅茶を指定され、それを口にしていた。タブレット端末の端に表示されている時計を見ると、とっくに昼は過ぎていて、昼と夕方の間の時間だった。


 それを実感した可憐はふと、空腹感を覚え、タブレット端末から飲食物のメニューを見る。そこには可憐の知るシチューやパスタはもちろん、知らない食べ物が沢山並んでいた。カタカナが陳列し、一見読むだけでも大変そうな異国の料理や、高級食材を使った料理。デザートも可憐の知るクッキーやチョコレートではなく、豪勢な二重に連なる皿に乗せられた小綺麗な軽食や細部にまでこだわった芸術作品に近いケーキや生クリームやチョコレートを氷とミキサーで混ぜた飲み物など、可憐には想像もしていなかった食べ物の写真がタブレット端末には表示されていた。メニューの隅には、全て無料という趣旨の文章が書かれている。


 事情聴取の等価交換だと勝手に推測した可憐は、タブレット端末から食べなれている魚介のクリームパスタと冒険心で初めて見た豪華なケーキと紅茶を注文した。まるでインターネットで買い物をする感覚で欲しい食べ物の写真をタッチし、カゴに入れ、注文する。Aランクでは飲食店に行けば似たようなシステムはあったが、自宅で完成した食べ物を注文するということはありえなかった。


 今まで経験のした事の無い行動に、少しだけ口角が上がった。しかし、光の言葉をふと思い出し、上がっていた口角は元に戻った。



「はぁ……」



 なるべく平常心を意識するために深呼吸とため息を繰り返す可憐。光の言い分は正しい。そして、それを頭では理解していた。契約者と出会い、過ごした数ヶ月で全てを聞かれてもいない人間に語るのは契約違反である事は光と猛の言動で何となく理解していた。しかし、それを光の口から改めて言われると、心臓が締め付けられるように苦しかった。心拍数や体温が特別おかしい訳では無いのに苦しさだけが増えていく。初めて体験したこの苦しさの原因が今の可憐には分からなかった。


 指先に魔力を灯した。エメラルドグリーンの美しい光りは、見るだけで可憐の胸の苦しさを和らげる。これが癒しの大天使ラファエルの効果なのか、自分が他の事に集中した為なのかは可憐にはどうでもよかった。ただ、光を思い出す時に現れる胸の痛みを消せればその方法は可憐からしたらさほど興味が無い事だった。


 今まで光が自分に話しかけてくれた甘い言葉を思い出す可憐。しかし、それは自分には向けられていない気がしていた。自分の中に眠る癒しの大天使ラファエルの魂に向けられている言葉。そう理解していた可憐は、仮に自分が器ではなかったら光は興味を示さないし、他の人が器なら今の可憐と同じように甘い言葉を囁くのを分かってはいた。しかし、それを想像すると、どこか腑に落ちなく、納得出来なかった。



「馬鹿らしい 」



 自分に言い聞かせるように呟く。その時、扉からノックする音が聞こえた。どうぞと返事をすると、白い服を着た女が先程可憐が頼んだ食べ物を運んできた。



「おまたせしました」



 相変わらず無機質な声色。それに合わせるように使い捨て容器に入れられたパスタとケーキ、紅茶が可憐のテーブルに並べられた。



「お食事の前に、こちらをお飲みください」



 女が運んできた盆に残っていた一錠の錠剤とコップに入った水を手渡す。反射的に可憐が受け取り、意味を尋ねるように首を傾げた。



「こちらを飲んでお食事をすると、人間が必要以上の糖質や脂質を吸収するのを抑えます。食事を娯楽とする方には必ず摂取してもらうのがこのランクのルールです」



 要は生活習慣病を事前に防ぐための薬だと理解した可憐は女の前でその薬を渡された水を使い飲んだ。先程の怒りのせいか、口が乾いていて、コップの水を無意識に飲み干していた。女は可憐が薬を飲むのを確認すると、コップを受け取るように右手を差し出す。可憐も無意識にコップを女に渡した。



「では、ごゆっくり」



 女は再度無機質な声色で可憐に告げると、特に何も言わずに部屋から出ていった。

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