104話 鎮魂歌+魂(1)
可憐がレフミエルの胸を借りて涙を流していた夜の翌日、弘孝の部屋に光と猛がやってきた。可憐の部屋と同様、ベッドとテーブル、タブレット端末、シャワーボックスだけの部屋に弘孝と光はベッドに腰掛け、猛は傍の壁に寄りかかっていた。
「随分早い集合だな」
弘孝の言葉に張り付いた笑みを浮かべる光。
「早いと言っても、健康診断も済ませてきたし、朝食も済ませる程度の時間はかかったけど思うなぁ」
ぼくたちは食べないけどねと付け足し一度猛に視線を向ける光。猛は二人のやり取りにため息をついていた。
「弘孝、昨日の時点で気付いていると思うが、このランクは全てが監視されている。今は俺の魔力で誤魔化しているが、丸一日こんなことをしていたら流石に矛盾がうまれてもおかしくない。俺と光は常にこの機械を誤魔化す必要もあるからな」
左手の腕時計型の機械を右手で指さす猛。二人は契約者なので、心臓も動いていないし、体温も死人と同じである。それを誤魔化すために二十四時間あの機械に魔力を送り続け、誤魔化さなければいけないのだ。
「そうだったな。その代わり何を言っても誤魔化せるじゃないか、最も、ルシフェル以外の契約者は嘘をつけないけどな」
鼻で小さく笑う弘孝。指先にルビーレッドの魔力を灯す。灯された魔力をまるで鏡に映る自分のような感覚で見ていると、光が口を開いた。
「そう言えば、可憐は遅いね。健康診断もとっくに終わっていると思うけど、何かあったのかな」
「事情聴取でもしているんじゃないか。磯崎から順番に、という可能性だってある。それに、女というものは準備に時間がかかるんだろ?」
光の言葉に返事をしたのは猛だった。後半の言葉は彼らしくないので、思わず吹き出す光。軽く右手で口元を抑える。
「猛君が? 女心を語っている? あははっ。随分面白いこと言うようになったんだね」
口元を抑えたあとにその手をゆっくりと腹部に移動させ、必死に笑いを抑える光。それを見た猛が寄りかかっていた壁から離れ、光の額を思いっきり指で弾いた。若干魔力が込められていたため、普通の人間よりも威力が強く、光の額には赤く腫れていた。
「二千年以上生きている俺だ。女と男の区別くらいはついているし、長年触れてきた人間を元にデータを取れば、これくらいの事実くらい共感はしないが、理解はできる」
額の痛みに悶える光を軽く見下すと、猛は再度同じ壁に寄りかかる。二人のやり取りを見ていた弘孝はざまみろと言わんばかりの笑みを光に向けていた。
「いたた。酷いなぁ、猛君は。ぼくはてっきり、可憐を一人の女の子として見ていると思っちゃっただけだよ。ま、彼女はラファエルだからぼくと結ばれる運命なんだけどね」
弘孝の笑みに対抗するような言葉と張り付いた笑みを向ける光。弘孝は灯していた魔力を消して、光を睨みつけた。
「寝言は寝て言え 。お前と可憐を運命などとは……僕は認めない」
「あれ? ぼくは今、猛君に言ったんだよ? 勘違いしないで欲しいなぁ」
先程の笑みの仕返しだと理解していた弘孝は、これ以上の争いは無駄だと自分を言い聞かせ、拳を作ることによりこれ以上の反論を封じた。二人のやり取りを見ていた猛が視線だけ二人に向けた。
「寸劇は終わったか? ちょうど磯崎が来ていない状況だ。お前らに聞きたいことがある」
猛の言葉に光と弘孝は我に返り、視線を猛に向けた。口論が終わった事を確認すると、猛は二人に近付き、テーブルに軽く寄りかかった。
「可憐の事で? もしかして、『ふたつの魂を持つ者』の事かな?」
光に視線を向け、ゆっくりと頷く猛。ウリエルの記憶を引き継いでいる弘孝も光の言葉の意味は理解していた。
「俺たちはずっと、四大天使の誰か二人の魂を引き継いでいると考えていた。しかし、それは違っていてまさかルシフェルとラファエルの魂を同時に抱える器だとは、想像していなかった……」
再度魔力を使い、弘孝の部屋にある機械に魔力を込める猛。用心深い行動に弘孝と光はこれから先の会話は可憐にも聞かれてはならないと判断した。
「それはぼくも同じだよ。可憐に込められていたルビーレッドの魔力は恐らく、幼い頃弘孝君と長い時間を共にしていて残っていただけ。まぁ、ウリエルの魂そのものも、四大天使の中で一番転生しやすいけど、まさかこんなに近い存在とは思わなかったなぁ。これだけは神が決めることだから、ぼくたちがどうこうできる問題じゃないけどね」
口元だけ微笑する光。先程の張り付いた笑みや可憐に向ける儚い笑みとは違う微笑は大天使ガブリエルのものなのか、光のものなのか誰も分からなかった。
「神は恐らく、兄さん……ルシフェルの復活が近い事を知っていた。そして、その器が磯崎であり、ラファエルの器でもある事も。事情が変わった今、本音を言うと、俺は磯崎にすぐにでも契約し、ラファエルとして転生して欲しい」
「それは可憐を殺すと言うことか」
猛の言葉に弘孝が間髪入れずに口を挟む。Eランクで二人でした会話を思い出す。今すぐにでも人間としての命を終わらせ、記憶を失い、契約者として生まれ変わったほうが都合がいいと言っていた猛。それは可憐も対象である事が弘孝は許せなかった。
「磯崎の寿命を決めるのは俺じゃない、神だ。俺はただ、いち契約者としての意見を言っただけで、俺……一色猛としては、磯崎に人間としてもう少し生きていて欲しい。契約後、時間が無い事も、お前たちは知っているだろ」