103話 鎮魂歌+親友(3)
レフミエルの言葉に可憐は再度黒服の男の言葉を思い出した。同じ事を言う二人に可憐は首を傾げた。
「あなたに会う前にも同じような事を言われたわ。これは、どういう意味なのかしら」
一度立ち上がり、ベッドに腰掛ける可憐。レフミエルにも隣に座るようにベッドを軽くはたく。レフミエルは失礼しますと深々と頭を下げたあと、可憐の隣に座った。
「そのままの意味ですよ。可憐様もその左腕につけている通り、ここのランクの人間は体温から脈拍まで全て二十四時間、国に監視されております。現在は私の魔力でこの会話は聞こえない状態ですが、これを続ける事は出来ません。人間、嘘をつくと少なからず脈に異常が出ます。それに、会話や行動も全て監視されている状態で、言った言っていないといった口論は無駄になります。よって、嘘は罪といった思考がここのランクの人間には当たり前となっております」
レフミエルの言葉に可憐は唖然とした。Sランクの国民全てを機械で管理し、反逆心を奪う。機械的なランクだとは思っていたが、ここまでとは可憐も想像していなかった。あまりにも予想外の事実に、可憐はレフミエルに沈黙で返していた。
「……。そう。だから行動制限がほとんどなかったのね。別に部屋に閉じ込めなくても、全てを監視しているのなら、どこにいたって変わらない。むしろ、口裏合わせなどの会話を光たちとするとなったら私たちは即、罪人だわ」
シャワーを浴びる前に聞いた女の説明に可憐は全て納得した。点と点が結びついて、ひとつの線になったような感覚。そして、それと同時に現れたのがこの国への不信感だった。レフミエルの魔力のおかげで国へ聞かれない本音を思わず口にする。
「随分、陳腐な国ね」
可憐の独り言にレフミエルは否定も肯定もしなかった。ただ、慈悲深い笑みを可憐に向けるだけで、再度Sランクの説明を始める。
「逆に言うならば、全てを国が監視しているので、病気などの早期発見に繋がっております。これにより、Sランクの人間は最低限の医療だけで健康を保つ事が可能です。最も、気温や湿度などといった所も全て人工的に管理しているので、季節の変わり目などで風邪をひく、といった事はこのランクではおとぎ話と同じ感覚ですよ」
おかしいですよね、と付け足し微笑むレフミエル。彼女の空色の瞳が可憐を映す。微笑んだ時に揺れた金髪。その時、可憐は再度優美を思い出した。失恋したから切っちゃったと、おどけて言えばこの髪の長さも納得出来る。そう無意識に考えてながらレフミエルと優美を重ねていた。
「おとぎ話ね……。確かにそう言われたら、このランクは素晴らしいわ。全てが人間が快適に生きることに特化した国。病気もほとんど知らないならその分、国に尽くせる。そうすれば国の化学ももっと進み、さらに快適な生活を送れる。非常に現実的かつ効率的ね」
皮肉を込めながら微笑する可憐。光たちに出会う前ならば、この国の考えに賛成していただろう。しかし、Eランクの世界を見てみると、そこは、地獄ではあるが、その中で必死に生きようとしている人々の姿があった。花や鳥なども人間に管理されることなく生き生きとしていた。全てが人間の管理下におかれ、人間の為に生きることを否定する生き方は、可憐の中で生きる事の概念を覆した。
「そのおかげで、このランクの平均寿命は百二十歳となっております。しかし、子どもの教育指数の結果を恐れ、子どもを産もうと考える人間がかなり減りました。それにより、Sランクの人口はどんどん減っていき、結果的にEランクから奴隷を買い取り、子を産ませ、教育指数がSランク相当の子どものみ認知し育てるといった人間も少なくありません」
レフミエルの言葉に可憐は思わずスカートをギュッとシワになるまで握り締めた。Eランクで見ていた奴隷市場の光景を思い出す。どの奴隷として売られていた人間も全て女性だった。その理由がこんな理不尽かつ身勝手なものだと理解した途端、込み上げてきた怒り。平等と謳っている自分の国の不平等さとそれに違和感なく過ごしていた自分へ向けた怒りは、新品だったスカートにできたシワが全てを物語っていた。
「嘘でしょ……。どれだけ不平等なら気が済むのよ……」
数ある怒りの言葉の中で唯一言えた言葉。レフミエルは可憐の声色とスカートのシワにより、彼女がどれだけ怒っているのか理解していた。ゆっくりと可憐の頭を撫でるように触れる。その後、レフミエルは可憐をそっと抱きしめた。レフミエルの長くない金髪が可憐の頬を微かに撫でた。
「可憐様は何も悪くありません。可憐様はたまたまこの時代のこの国にうまれ、育っただけの少女です。ランクの不平等さに怒り、拳を作ることは自由ですが、自分が悪いなどといった悲観はやめてください」
レフミエルに抱き締められ、頭をそっと撫でられる可憐。彼女から伝わる死体独特の冷たさは、光の体温と、火葬場で触れた優美を連想させた。信頼している契約者と最も大切にしていた親友に包まれているような感覚に襲われ、可憐は無意識のうちに涙を流していた。
「私は……。私は……」
なんて馬鹿な人間だったの。なんて愚かだったの。そんな言葉が可憐の脳内を支配していたが、口にする事は出来なかった。ただ、大粒の涙を流し、レフミエルの胸元に顔を埋めながら彼女の白い衣服を濡らしいていた。レフミエルはそれを全く気にせず、可憐を優しく抱きしめ、頭と黒い髪を撫で続けていた。
可憐はまるで迷子になった子どもが母親を見つけた時のようにひたすら声を出しながら泣いていた。




