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101話 鎮魂歌+親友(1)

 可憐が自室の扉をあけると、そこは、全てが白で統一された小さな部屋だった。壁や天井はもちろんだが、配置されているベッドやテーブルといった家具も白でまとめられていた。可憐は特別こだわりがある色は無かったが、不思議と白で統一されすぎた部屋はどこか違和感を覚えさせた。



「全て白いのも問題ね」



 誰にも聞かれない独り言を呟くと、視線をベッドに移す。そこには、マフラーは置かれていなかったが、それ以外は可憐が今着ている国から支給されたブレザーと全く同じデザインの服が綺麗に畳まれてシーツの上に置かれていた。その隣には、恐らく今着ている血まみれの服を入れるのであろう、網目状のカゴがまるでそこが定位置かのように置かれてあった。


 白いテーブルの上には、画面以外は白いタブレット型の機械が一台。可憐はそれを覗き込むと、可憐に反応したのか、真っ黒な画面から衣類はベッドの上のものと着替えてカゴに入れろといつ趣旨の文章が無機質なフォントで書かれていたので、可憐は無言でそれに従った。


 血まみれのマフラーを外し、無造作にカゴに入れる。ブレザーとスカートを脱ぎ、マフラーと同じようにカゴに入れると、シャツとリボンだけの状態になる。全てに血が付着し、どんなに洗っても落ちそうにない程染み込んでいるそれは、可憐がどのような場所で何があったのか容易に想像出来るほどだった。


 ベッドとは対角線上にすりガラスで出来た縦に長い直方体の小部屋。中を見ると、そこには湯船はなく、シャワーが一本だけついていた。百年前の人間が見たなら、電話ボックスのようだと言いそうな直方体の中に可憐は服を脱ぎ捨て入っていった。シャワーに近付くと、適温の湯が可憐の身体や髪に着いたを血を洗い流すように出てきた。目に止まったシャンプーとリンスを使い、髪を洗う。俯きながらシャンプーを泡立てている時、ふと思い出したのは親友の笑顔だった。



「……。優美」



 既にこの世に居ない親友の名を呼ぶ可憐。しかし、シャワーの水が流れる音よりも小さい声は虚しくかき消される。



 可憐は優美と初めて出会った頃を思い出した。自分が弘孝の力を借りて上がることができたAランク。それは、自分が想像した以上の差別や偏見の目があった。当時十二歳だった可憐だが、その年齢でもわかる程の冷たい目は、可憐から人と関わる気力を奪っていった。Aランクという上から二番目に存在する優越感の視線。それと、Cランクにいた自分が感じていた劣等感。ふたつの要因が合わさり、可憐はひたすら勉強し、誰もが認める人間になるという事だけを目標にしていた。


 国に認められても、周りからは認められていないという矛盾に、胸が苦しめられたが、それを打破するには、実力を見せつけることだけだと可憐は考えていた。その結果、口数は少なくなり、誰よりもリアリストな思考回路となった。黒い瞳からも光りを失っていた。


 そんな可憐に差別や偏見の目がない状態で話しかけてくれたのが優美だった。腰まである長い金髪。サファイアと例えても良いくらい美しい青い瞳。女性らしい丸見のある身体。



「あたし、沖田優美! ここで分からない事とかあればなんでも聞いてね! 仲良くしましょっ!」



 笑いながら右手を差し出す優美。彼女のその笑顔と一言で、可憐の心にあった鉛のような重さが一気に無くなり、まるで天使にでも出会ったかのような感情は、先程とは別の胸の苦しさを覚えさせた。



「よろしく。沖田さん」



 胸の苦しさの中で精一杯言えた言葉。可憐は、冷たいな私、と内心呟きながら優美の手を取り、握手した。優美の明るい声色に合ったその手の温もりは、自然と可憐から真一文字にしてある口角をゆっくりとほどいていった。



「さん付けなんて寂しいな。優美って呼んでよ、可憐」



 握手された手をさらに握りしめ、可憐の瞳を見る優美。その時、可憐は確信した。自分を低ランクから上がってきた人間ではなく、磯崎可憐という一個人として自分を見てくれた初めての人。それが自己紹介と共に可憐に向けられた笑みだと理解すると、可憐の胸の鼓動はさらに高鳴る。しかし、息苦しくはないこの感情を表現するかのように無意識に口角が上がった。



「分かった。よろしく、優美」



 彼女から向けられた笑みが慈悲だと気付いた可憐は、この子には自分が持てる全ての友愛を贈ろうと誓った。



 シャワーで髪を洗いながら思い出した親友との出会い。それは、今の可憐なら奇跡だと断言出来るであろう。しかし、既に自分の隣から消えた親友を二度と抱きしめることが出来ないと実感すると、優美と出会う前に可憐の心にあった鉛のようなものが再び可憐を苦しめようとしていた。



「いけない。私は、優美の言葉通り、生きるのよ」



 シャンプーと血を洗い流すのと同時に迷いもシャワーで洗い流す可憐。ボディーソープで身体も血の匂いが取れるまでしっかり洗うと、再度シャワーを使い、洗い流す。


 付属のバスタオルを使い、全身を拭きあげると、身体をバスタオルで包み込み、バスルームから出る。誰もいないと分かっていながらも癖で巻かれたタオルを胸元部分を押さえながら、ベッドの上に置かれた服への着替えた。髪はまだ濡れていたので、タオルで拭きあげ、ドライヤーを使い、簡単に乾かす。


 全ての着替えが完了した頃、扉をノックする音が聞こえた。

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