100話 鎮魂歌+序曲(4)
「行こう、可憐」
光が立ち止まっている可憐の肩に触れる。彼の行動に我に返った可憐は黒服の男二人に背を向け、歩き始める。屋外だというのにまるで、室内にいるような足音はSランクが全てが強化ガラスで囲まれた世界だからであろう。無風のため、血まみれのマフラーがなびくことはなく、可憐の腕を何度も撫でる。
数メートル歩いただろうか。自動ドアの前に立つと、扉が開き、建物の内部が視界を埋めた。外観からでも容易に想像できた無機質な白い内部は簡単な広間がひとつ。
広間の壁に十数個の白い扉が埋め込まれているように見える。その奥にあるのが廊下なのか、部屋なのか可憐には想像出来なかった。広間の中心に白いローブのようなものを着た女が一人、フードで顔を隠している状態でポツンと立っていた。左手首には刺青のようなものが、日時を表しているように皮膚に直接映し出されている。
「Aランクから保護された少年少女たちね」
黒服の男以上に機械的な声色。フードによって、年齢も正確に分からないが、背丈からしたら恐らく、可憐の両親と変わらないくらいであろうと勝手に判断する。女の言葉に可憐はゆっくりと頷いた。黒服の男の忠告を思い出し、最低限の会話を心がける。
「安心して。あなたたちの生命は保証する。まず、ここの建物内ならば、移動は自由。一日一回の健康診断と事情聴取に応じてくれればそれ以外の拘束はない。それと……」
女が自分の左手首の数字に軽く触れた。すると、可憐たちの目の前にある床の一部に穴があき、そこから腕時計のような機械が人数分並べられた台が現れた。
「Sランクに滞在中はこちらを左腕につけてもらう。これは、体温や脈拍などといった健康状態を二十四時間記録するものだ。これは、Sランクに住む十八歳以下の人間は無条件で装着する義務がある」
早速つけてくれと付け足し、腕時計型の機械を装着するよう促す女。可憐たちはとくに反発せずに機械を左手首に巻き付けるように装着した。機械独特の冷たさが可憐の手首に伝わる。可憐の手首との温度差が無くなった頃、機械が音を立て、四角いモニターにデジタル的な数字が並ぶ。一番目立つ場所に表示されている数字は、おそらく時間であろう。その上の隅には体温を連想させる数字、脈拍を連想させる数字が並ぶ。下の隅には特に何も記載されていなかった。
「ある程度の刺激や浸水には耐えられるので入浴時も外さずに過ごすよう頼む」
全員が機械を装着させたのを確認すると、女が補足した。可憐が光や弘孝を見ると、同じように左手首に機械をつけていた。
「最後に、一人一部屋の自室を用意した。何か困ったことがあれば自室のロボットに入力して欲しい。以上だ。まずは自室に行き、その血まみれの服を科学班に預け、清潔な服に着替えるように」
女はそう言うと、再度左手首を右手で触れた。すると、女の背後にカプセル状の巨大なプラスチックが登場し、女がその中に入ると、プラスチックごと床の中に吸い込まれるように消えた。
数秒の沈黙。最初に口を開いたのは猛だった。
「とりあえず、各自の部屋に行って着替えるか。弘孝も磯崎もそのような服は不快だろ」
視線を弘孝と可憐に向ける猛。長身の彼は一目見渡すだけで二人を一度に見れた。弘孝は自分の衣服を確認するように下を見た。光や猛と同じようなデザインのブレザー。しかし、皐月との戦いでズボンの裾は破れ、誰のものか分からない赤い体液が染み込み、えんじ色よりも濃い赤となっていた。
可憐もまた、自身の服装を確認するように視線を動かす。血が固まり、一部が固くなったマフラー。首元の結合部が破れ、いつ取れてもおかしくない胸元のリボン。普段はきっちりとしめているボタンも、戦いによって無くなっていた。ボタンを失ったブレザーから見えるシャツは、抱きしめていた失った親友の血がべっとりと着いていた。スカートも所々シワと血がついていて、太ももから下の靴下やローファーも普段使う事で付着する汚れではなく、命の奪い合いの場でしかつかない液体が染めていた。
「……。そうね。もう半日近くこの格好だわ。流石に着替えたいのが本音ね」
「そうだな。僕も久しぶりに血を浴びすぎた気がする。Aランクでこんなに浴びるとは、想像していなかった」
二人が自分の衣服についての不快感を述べると、猛は視線をそのまま二人から壁側へ向けた。広間の壁側にある十近い扉。それの上に機械的に書かれたネームプレートには、恐らく、可憐たちの名が書かれているのであろう。
「着替えて落ち着いたら一回僕の部屋に集合にしよう。お互い、話したいことが沢山あると思うが、この格好は流石に不快だ」
弘孝の言葉に可憐はそうねと簡単に返事をし、広間の壁に向かい、歩いた。直感的に向かった扉には光明光と書かれていた。
「光はここらしいわよ。早く自分の部屋に行って着替えましょう」
可憐の言葉に光が歩きだす。自分の部屋の前につくと、儚い笑みを可憐に見せる。頬に乾いた血が儚さをより際立たせる。
「一緒に入ってもいいんだよ? 寂しくないかい?」
儚い笑みとは程遠い言葉を言う光。可憐はそんな光を無視して背を向けた。
「相変わらずね。ペテン師」
もちろん、お断りよと付け足し、可憐は自分の部屋を探した。幸いにも光の隣の部屋に自分の名が書いてあり、ドアノブに触れて、扉を開けた。
「ぼくの天使も相変わらず辛辣だな」
光もまた自室のドアを開けた。それをみた猛と弘孝もまた、自室を探し出し、ドアを開けた。