97話 鎮魂歌+序曲(1)
黒服の男たちは、誰の血か分からない血がべったりと着いている可憐たちを躊躇いもせずに車に乗せた。十七、十八の少年少女が四人乗っても余裕のあるワゴン車のシートにはビニールで血が付着するのを守られていた。黒服の男たちは、全員が乗り込むのを確認すると、可憐たちに黒いアイマスクを手渡した。
「Sランクは国家機密の集合体のようなものだ。Aランクからの行き方や入口、全て黙秘させてもらう」
男の言葉に可憐たちは無言で頷き、アイマスクを装着した。一瞬にして奪われた視界。しかし、恐怖や扱いに対しての不満は一切なかった。ただ、可憐は無心で黒服の男たちの指示に従い、全ての違和感を放棄した。座席を守るビニールが可憐が微かに動く度に音を立てる。
全員がアイマスクを装着した事を確認すると、長身の黒服の男は車のエンジンを掛けた。ガソリンを一切使わない車は壊れた楽器がなっているような不思議な音をたてながら発進した。
「怖いかい? Sランクに行くことが」
隣に座る光が男たちに分からないような小声で話しかける。可憐は手探りで光の左手を探し、そっと指先だけ触れた。
「いいえ。国の全てが集まっているランクだもの。滅多にお目にかかれないと思ってワクワクしているわ。それに、私に何があってもあなたが守ってくれるんでしょ、光」
可憐の言葉に光は触れられていた手を使い、指先だけ触れていた可憐の手を指を絡めるように握り事で返事をした。オレンジ色の魔力が彼の手から溢れ、可憐に伝わる。
「言っただろ? ぼくは、何があっても君を守るよってね。例え君が、サタンの魂を持つ少女でも、ぼくには関係ないんだ」
光の言葉に可憐は、安堵のため息をついた。絡み合う二人の手からオレンジ色とエメラルドグリーンの魔力も混ざり合う。二人が手を僅かに動かす度にビニールがガサガサと音を立てる。
二人のやり取りを弘孝は後ろの席で会話と音を頼りに理解していた。目の前にいる愛おしい少女は、自分ではない男を選んだ。これは十年前から分かっていた事実だが、いざその瞬間が訪れようとしていると思うと、今すぐにでも自分のものにしたいという独占欲と結ばれない自分なりに最善策を選んだはずだという冷静さが混ざり合い、こめかみ辺りに頭痛を誘う。
初めて吹雪と出会ってから、弘孝は時々こめかみ辺りから頭痛がしていた。恐らく、地獄長との戦闘で魔力を極限まで使い果たした代償だろうと勝手に解釈し、放置していたが、Aランクで可憐たちと同じ学校に通うようになって頭痛の頻度が上がったような感じがしていた。まるで鈍器で殴られたような頭痛に弘孝はルビーレッドの魔力を使い、無理やり押さえ込んでいた。
「うっ……」
思わず声に出てしまうほどの頭痛に弘孝は右手をこめかみに押さえつけるように触れた。微かに感じる悪魔の魔力。それは、自分の流れる半分の血だと思い、弘孝はルビーレッドの魔力を右手に込め、さらに強く押さえつけた。
「弘孝、大丈夫か」
弘孝の小さなうめき声を聞いた猛が小声で話しかける。隣に座っている彼にしか聞こえない声量だったので、可憐たちが気付くことは無かった。
「あぁ、問題ない。少し、頭痛がするだけだ。恐らく、悪魔との戦いで混血の魔力の割合がズレているのだろう。僕は稀に存在する、割合が綺麗に半々の存在だからな」
ルビーレッドの魔力を使い、こめかみを何度も抑える弘孝。すると、徐々に頭痛がひいてきたので、ゆっくりと呼吸を整える。
「それならいいが、無理はするな。混血は、ただでさえ貴重かつ、不安定な存在だ。魔力を使いすぎて悪魔側に寝返る……などといった事が無いようにしろ」
猛は一度言葉を詰まらせたが、それ以上の事を言うことは無かった。アイマスクで視界を奪われている為、誰一人互いの表情を見ることが出来ない中で不用心に誰かを不安にさせるような事を言うのは良くないと判断したからだ。
「ありがとう、猛」
痛みが完全にひいたので、猛には見えないが、微笑しながら礼を言う弘孝。彼の声色から既に頭痛が治ったのだと判断した猛はこれ以上の会話をすることはなく、口を閉じた。
「君たちに質問がある」
突然、小太りの方の男が四人に話しかけた。助手席に座っている男が振り返る。そこにはアイマスクをされ、視界を奪われた四人の血まみれの少年少女。
「はい」
光が誰よりも先に口を開いた。既に可憐と絡められた手は解かれていた。
「これは、君たちの仕業か?」
「なぜ、そう思うのですか?」
質問を質問で返す光。小太りの男は光を睨みつけたが、アイマスクをされている光には分からなかった。
「……。冷静に考えてみろ。あれだけの死者が居るのにお前たちだけほぼ無傷で生きている。あの災害を事前に予測出来ていて、死を回避したのか、それともあの災害自体がお前たちの仕業なのかの二択しかないだろ」
小太りの男の言葉に弘孝は俯いた。しかし、後ろの席に座っている為、男の視界に弘孝が止まることは無かった。
「どちらでもありませんね。ぼくたちは、たまたま生き残れた運のいい十八歳と十七歳ですよ」
光が口元だけ笑って答えた。