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番外編 デート(4)

 可憐と弘孝は昼食を済ませ、会計をすると、そのままエスカレーターを使い三階まで向かった。左側に一列に立ち、ショッピングモールの景色を楽しみながら上の階に上がるのを待つ。その数段下に茶髪の美少年。彼の周辺の女性客は黄色い歓声をあげていた。たくさんの客が色々な店に足を運ぶ姿を眺めていると、あっという間に三階に着いた。



「さ、行きましょう」



 可憐が弘孝を楽器屋の方に誘導するように指さす。そこには、電子ピアノやエレクトーン、ギターなどといった楽器が店の入口に並んでおり、音楽が趣味の大人やおもちゃ感覚で遊ぶ子どもが自由に音を出していた。ショウケースには、金管楽器が丁寧に飾られている。


 弘孝は無言で頷き、自分の好きな物がたくさん陳列されている所へ足を運んだ。自分の想い人と自分の好きな物が同じ空間にある幸せ。これ以上にない幸福を弘孝は左手をグッと握りしめ、拳を作ることによって噛み締める。口元が緩まぬよう更に強く拳を作ると、可憐の顔色をうかがう。彼女はまるで同性の友達と遊びに行く感覚で口元を緩めながら弘孝と楽器を交互に見ていた。



「ねえ、弾いてみない? バイオリンではないけど、私、弘孝の演奏を聞きたいの」



 無理なら断ってくれていいわと付け足し、電子ピアノを指さす可憐。弘孝自身もバイオリンほどでは無いが、ピアノは演奏できないことは無い程度だった。可憐から借りたスカートを揺らしながらゆっくりと電子ピアノに近付く。



「五年以上弾いていないから、クオリティは保証しないぞ」



 ちらりと視線を可憐に向ける弘孝。彼女は頷くように顔を上下に動かしていた。それを確認すると、弘孝はゆっくりと深呼吸し、両手を鍵盤の上に置く。一度ゆっくりと息を吸い、一瞬止めた。その後の呼吸と同時に弘孝は指先に軽く力を入れた。無言でピアノと対話をするようにゆっくりと鍵盤を撫でる。


 それは、まるで愛おしい恋人と触れ合うような慈しみに溢れる表情をしていた。演奏されている曲も、彼の表情に相応しい、ゆっくりとした旋律であった。手首を器用に動かし、指先だけでは不可能な動きを見出し、曲に強弱をつける。


 弘孝が演奏を始めて数十秒が経つ頃には彼の周りにいた客全員が演奏に耳を傾け始めた。それにつられ、通りすがりの客も足を止め、弘孝の演奏に心を奪われる。その中には茶髪の美少年と遅れて来た顔に大きな傷跡のある少年も例外ではなかった。可憐もまた、弘孝の隣で目を潤ませながら演奏を聴いていた。バイオリンでは演奏しないこの楽曲はまるで慈しみ合う人間が別れを惜しむような場面をイメージさせた。


 数分後、演奏が終了し、弘孝はそっと鍵盤から手を離す。すると、その頃には多くの客が足を止め、弘孝の演奏を聴いていた。弘孝が振り返ると、その瞬間に彼の周りにいた客全員が盛大な拍手を送っていた。すごいぞねえちゃん。感動したわ。等といった声援に弘孝は仕事用の笑みを浮かべながら手を振ることでこたえていた。



「ショパンの練習作品十第三番ホ長調。通称別れの曲ね」



 ある程度客が弘孝から遠のくと、可憐は弘孝が触れていた鍵盤を一つだけ押した。一音だけ響くが、賑やかな店内によってかき消されていた。




「よく分かったな」



「あなたが演奏してくれた曲は、忘れるはずないわ。私に色々な曲を教えてくれた演奏だもの」




 微笑しながら、再度鍵盤を押し、音を出す可憐。しかし、その音も先程と同様に店内の賑やかさに飲み込まれていった。彼女のこの行動と笑みは弘孝の心臓をゆっくりと苦しめた。


 十年近く想い続けている目の前の少女は自分の事をただの幼なじみだと思い、それ以上の感情はない。


 更に癒しの大天使ラファエルとなる運命であり、戦いの大天使ウリエルである自分は何があっても結ばれる運命にはなれない。


 それならば、今の状況を最大限楽しむ。それが自分に出来る最大の幸せであると判断した弘孝はゆっくりと可憐の頭を撫でようと右手を前に出した。弘孝の細い指が可憐の黒髪と絡み合い、彼女の体温が弘孝に伝わった。



「……。今回は、ぼくたちの出番は無さそうだね」



 客に紛れ込み、演奏を聴いていた光がその場から立ち去ろうと弘孝たちに背を向ける。




「あんなの見せられたら、大丈夫だろって思うしかねぇよな」



「ぼくはこれ以上、二人が仲良くなるのは反対だよ。でも、弘孝君は自分の運命を受け入れている。そして、それ以上の幸せは望んでいないんだ。彼が持てる最大限の幸せを壊すようは事は、愛の大天使ガブリエルとしてはできないかな」




 恋敵には変わりないけどねと苦笑しながら付け足す光。そんな光に対してため息で返すジン。しかし、可憐たちのやり取りを見ていると、不思議と光の気持ちに同調し、同じように背を向けた。弘孝に頭を撫でられて笑う可憐を光は横目で見ながら、歩みを進めようとした瞬間、可憐たちの方角から聞きなれた声が聞こえた。



「何をやっているんだ、二人とも」



 可憐と弘孝が振り返ると、そこには黒髪を短髪にしている大柄な少年。



「た、猛?」



 弘孝の女装姿を見た猛は瞬時に状況を把握し、二人に分からないように魔力を使い、辺りの気配を確認した。そこには、覚えのある大天使と人間の気配を感じた。




「上の人間の目を盗んで逢い引きか」



「逢い引きではない。可憐がここのランクの娯楽を知らない僕を、案内してくれてただけだ」




 猛に悪気はないが、先程の空気を壊されたことに若干怒りを覚えながらぶっきらぼうに答える弘孝。そんな彼の態度を猛は面白く思ったのか、からかうような笑みを浮かべていた。それを弘孝が軽く睨みつける。しかし、女装姿なので、あまり嫌悪感はなかった。



「ところで、一色君はどうしてここに?」



 可憐の言葉により、弘孝は冷静さを取り戻す。猛は咄嗟に左手を後ろにまわした。その反動で猛の背後でガサゴソと何かが重なり合う音が聞こえた。



「俺は関係ないだろ」



 可憐から視線をそらす猛。その時、ふと、猛の背後に誰かが通りすがり、猛が左手に持っていたものを奪う。



「へぇ。猛君って別行動してる時は、こんなの買ってたんだ」



 猛から奪ったビニール袋を軽く振り、ガサガサと音を立てるのは、可憐たちがショッピングモールに入店する時からずっと後をつけていた茶髪の美少年だった。



「光!?」



 可憐の半分殺意の込められた声は猛が光の奪った袋を奪い返そうとしている事により、光にはほとんど届かなかった。



「馬鹿! お前!」



 猛の慌てる姿を楽しみながら、光は本人の許可なしにビニール袋から中身を取り出す。そこには箱に入れられた、プラスチック製の組み立て式モデルがあった。



「プラモデル?」



 箱の雰囲気からしての結論を、首を傾げながら呟く可憐。彼女の言葉に猛は俯きながら沈黙で返事をした。



「……。無限に近い時間がある俺には、いい暇つぶしなんだ」



 俯いているので、表情は確認出来ないが、耳まで赤くなっている事から、可憐は恐らく知られたくなかった事何だろうと解釈し、これ以上模索することはなかった。



「ぼくはてっきり、ちまちました作業が好きなだけなんだと思ったよ」



 特に人間の友達とか作らないもんね、と付け足し、悪戯をした少年のように笑う光。猛はそんな光にこれ以上ない殺意を覚え、一度その美形に傷をつけようかと思った瞬間、可憐がそれ以上の殺意を光に向けていた。



「ねぇ。一色君は偶然として、光は私たちをつけていたんでしょ?」



 可憐の冷静だが、殺意の込められた言葉に光は張り付いた笑みで返事をした。



「当たり前じゃないか。弘孝君が何かした時に、彼から守るのが、ぼくの使命だからね」



 ストーカーを正当化するように言う光。彼の言葉に添えられた笑みは大抵の女性ならば許してしまうほど整った顔立ちだった。しかし、光の本性を知っている可憐にはその顔は通用しなかった。



「ぼくの使命? ふざけないで。あなたはただ、私たちをストーカーしていただけよ」



 相変わらず気持ち悪いわねと付け足し、蔑むような視線を送る可憐。そんな二人がやり取りしている間に、もう一人の大柄な少年が、光からプラモデルの箱と袋を簡単に奪い取る。




「ったく。んな事してたらバレるし、可憐に気持ち悪ぃって言われるの、フツーに考えりゃ分かることだろ」



「ジン?!」




 ジンがプラモデルを猛に返すのと同時に、弘孝が目を丸くした。女装姿に不釣り合いな低い声が思わず出てしまう。



「あ、リーダー。悪ぃ。リーダーの事が心配でちょっとつけてた。でも、大丈夫そうだからオレたちは、テッシューするぜ」



 光のシャツのうなじ側を引っ張り、強制的に退場させようとするジン。しかし、光は両足を床にしっかりとつけ、それを阻止する。



「弘孝君はすごいと思うよ。ぼくだったら、今回のデートで五回は好きだって言ってるだろうし、パスタを食べている時に、プロポーズしてると思うよ。それをしないなんて、自制心が強くて関心しちゃうよ」



 ジンに引っ張られながらも両手を組みながら弘孝を褒める光。しかし、彼の言葉に反応したのは可憐だった。



「……。って事は最初から、私たちをストーカーしていたのね。最低」



 大きく振り返り、全員に背を向ける可憐。彼女の黒髪がその反動で大きくゆれた。




「可憐!? どこに行くんだ!?」



「帰らせてもらうわ。ごめんなさい、弘孝。今は虫の居所が悪いの」




 八つ当たりしそうだから先に失礼するわと付け足し、歩みを進める可憐。彼女のパンプスが床を強く蹴る。



「待ってくれ! 可憐!」



 弘孝の言葉を無視し、可憐は人混みに消えていった。残された男四人は互いにお前のせいだぞと睨み合い、そのまま全員が可憐の機嫌取りに向かった。


 後日、可憐がこの事をアイやハルに愚痴をこぼしていたのはまた別の話。

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