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セナと呼ばれて 第一話  作者: 安積 惣一朗
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初めての雨

雨宮瀬奈にとっては自動車レース参戦3戦目となるスーパースポーツカーチャレンジカップ第4戦富士。

初めてのウエットレースにも関わらず予選絶好調の瀬奈選手。

決勝レースは、まさかの結果に。

6月20日土曜日、富士サーキット、天候雨。

スーパースポーツカーチャレンジカップ第4戦、予選。

メインスタンド前ストレートを一台のレーシングカーが水しぶきを上げながら走ってゆく。

挿絵(By みてみん)

ゼッケンナンバー37、ボンネットと車体左右に“伊太利亜いたりあ”と書かれたランチャストラトス。

「すごい」

「まるで素足でコースを走っているみたい」

「路面の感触が手に取る様に分かる」

伊太利亜ランチャストラトスを駆るレーサーは車の中で興奮気味につぶやいていた。

第一コーナーを回り、裏ストレートへと走ってゆく。

続く緩い左コーナー手前、白いロータスエスプリが伊太利亜ランチャストラトスを右側から追い抜いて行く。

しかしロータスエスプリは緩い左コーナーを回りきれず、コース右側のダートに飛び出していった。

「あーぁ、あそこは川が出来るのに」

裏ストレート先の緩い右コーナーには、雨量が多いと川が出来る。

ロータスエスプリを駆るレーサーはその事を知らず、伊太利亜ランチャストラトスを駆るレーサーは雨が強くなったので川が出来ているだろうと予想してスピードを落としていたのだ。

緩い左コーナーを抜け100Rヒャクアールと呼ばれる右の高速コーナーを抜けてゆく。

100R先の日左ヘヤピンコーナーに向かう伊太利亜ランチャの前に、イエローキャップデトマソパンテェーラが現れた。

デトマソパンテェーラのスピードは、伊太利亜ランチャストラトスに比べ明らかに遅い。

「まただ」

「クリアラップがとれない」

伊太利亜ランチャストラトスはデトマソパンテェーラを抜くことが出来ず、最終コーナーにあるシケインを抜けメインスタンド前ストレートへ戻ってきた。

メインスタンド前に有るフラッグタワーではチェッカーフラッグが振られている。

スーパースポーツカーチャレンジカップ第4戦の予選が終了した。

予選を走っていた車両が速度を落としてコースを一周しパドック内に入ってくると、決められた場所に各車が順序良く止まってゆく。

37号車もパドック内に入ると、前の車に続いてパドック内に停車した。

37号車、伊太利亜ランチャストラトスからドライバーが降りてきた。

車のすぐ隣にはチーム伊太利亜のサブマネージャーが傘をさしてドライバーを迎える。

37号車のドライバーは車から降りるとヘルメットを取った。

短く整えられた黒髪が、ヘルメットの中から現れる。

彼女の名前は天宮瀬奈あまみやせな16歳になったばかりの高校一年生だ。

彼女に傘をさしかけているのは、チーム伊太利亜のサブマネージャーで天宮瀬奈の学友でもあり友人でもある結城まどか。

車から降りた雨宮瀬奈は明日のレースに自信を持ち、結城まどかと一緒にホテルに帰って行った。

チィーフマネージャーの伊藤静がメカニックの鈴木徹に話しかける。

「瀬奈ちゃんどう?」

「スゴイですよ」

「区間ベストの合計、ブッチギリのトップです」

伊藤静と鈴木徹、2人はいよいよ雨宮瀬奈選手の初優勝の日が来るのではないかと期待してしまった。

雨は一晩中降り続いた。


6月21日日曜日、午前9時ごろ。

雨は相変わらず降り続いていた。

同日開催のF3(エフスリィー)クラスのフリー走行が終わり、スーパースポーツクラスの車両がピットロードからコースに入って行く。

スーパースポーツカークラスのフリー走行(自由な走行時間、走行タイムは予選に関係しない)が始まった。

雨は相変わらず強く降ったり、弱くなったりを繰り返していた。

コース上には、F3クラスのフリー走行が終わった後とはいえ多量の雨が残っている。

瀬奈選手は昨日と同様危なげない走行を続けていたが、何台かはコース外のダートへ飛び出していた。

瀬奈選手はそんな車たちを縫うようにフリー走行を続け、フリー走行終了時間になると他の車同様ピットに入ってきた。

瀬奈選手は車を所定の位置に止め、車から降りてくる。

傘をさして待つ結城サブマネージャー。

スーパースポーツカークラスのフリー走行が終わると、入れ替わりにフォーミュラジャパンの車両がフリー走行に出て行った。

瀬奈選手を含むチーム伊太利亜の面々はパドック内にあるチーム所有のワンボックスカーの中に入り、休息兼12時スタートのレースに向けて打ち合わせを行っていた。

コース上ではフォーミュラジャパンのフリー走行が終わり、F3クラスが決勝に向け準備を始めていた。

ピットにはF3各チームのメカニックが、不測に事態に備えて待機している。

F3の各車両がパドックから出てピット前を通り、コースを1周してスタート位置であるメインスタンド前のスターティンググリットに停車した。

シグナルがレッドからグリーンに変わってF-3クラスのレースがスタート。

チーム伊太利亜のメカニックで瀬奈選手の担当エンジニアでもある鈴木徹は、F3クラスのスターㇳをパドックから見ていた。

F3クラスの各車が動き出すと同時にタイヤから水しぶきが上がり、コース上は真っ白になった。

鈴木徹は速足でパドック内を横切ると、ヘヤピンコーナーが見える場所へ移動する。

しばらくすると、F3クラスのトップ集団が100Rを回ってヘヤピンコーナーへと侵入してきた。

鈴木徹は、ヘヤピンコーナーを回り最終コーナーを目指すF3マシンを見送ると自分が担当しているランチャのところへ戻っていった。

来年、フォーミュラーバイオと呼ばれるレースにも参加することが決まっているチーム伊太利亜の一員としては、もう少しフォーミュラーカーの走り、特に雨の中の走りを見ていたかったのだが。

徹はパドックへ戻るとランチャ以外の参加車両を見回りながら、瀬奈選手が乗る37号車の出走準備を始めた。

次に行われるスーパースポーツカーレースに参加する瀬奈選手や他のレーサーたちは、コントロールタワーに集められ、最後のドライバーズミーティングを行っている。

コースではF3の決勝が終わり、上位3人が雨の中表彰されていた。

F3の表彰式が終わると、パドックからスーパースポーツカーレースに参加する車両がコースへと入って行く。

鈴木徹達メカニックは、F3の表彰式が行われている時にピットの準備を始めていたので、ピットロードを通りコースインして行く瀬奈選手たちを見送りつつピット内の準備を続けていた。

スーパースポーツカーレースに参加する車両がコースを1周走り、メインスタンド前のスターティンググリッドに停車する。

瀬奈選手が駆るゼッケンナンバー37号車は、予選10番手。

前から5列目の外側からスタートする。

雨は相変わらず強く降っている。

シグナルにレッドが灯った。

スーパースポーツカーレースに参加する車のエンジン音が高くなる。

シグナルがグリーンに変わった。

スーパースポーツカーレース第4戦富士、スタート。

各車がスタートすると同時に、各車のタイヤから多量の水しぶきが上がる。

先頭のスーパーコーンズフェラーリ308の2台以外、水煙で何も見えない。

そんな水煙の中、一台の車がメインスタンド側の水煙の薄い位置へと車を走らせた。

ゼッケンナンバー37、天宮瀬奈が運転する伊太利亜ランチャストラトスだ。

瀬奈ランチャは、第1右コーナーに一団となって侵入する各車を水煙の薄い左側から追い越してゆく。

そのまま予選上位の車を数台追い越し、瀬奈ランチャも第1右コーナーへと侵入してゆく。

『ドカンッ』

『グシャッ』

第1コーナーから鈍い衝撃音が響いた。

瀬奈ランチャとは逆に、ピット側、第1右コーナーに対してイン側から先行車を追い越した車が濡れた路面で止まり切れず、そのまま直進してしまったのだ。

第1右コーナーはスタート直後の渋滞中だった。

その渋滞の車列に、コントロールを失った後続車が横から激突したのだ。

挿絵(By みてみん)

「セナちゃん、大丈夫」

「体は大丈夫です」

ランチャの中で瀬奈選手は、マネージャーからの無線で状態を確認すると車から降りて外に出た。

「うわっ、グチャグチャ」

自分が乗っていたランチャはもちろん、突っ込んできた車や瀬奈選手がスタート直後に追い越した車たちも大きく車を壊し、コースから追い出され、泥にまみれていた。

当然レースは赤旗中断となった。

この事故で車を失ったレーサーたちは救急車に乗せられ医務室へ送られ、壊れたレース車両はレッカー車に乗せられピットに戻された。

衝突事故のあった第1右コーナーは、事故車両を移動するとコースはきれいだったので、すぐに再スタートの準備が始まった。

瀬奈選手が医務室から帰ってきた。

チーフマネージャーの伊藤さんの指示で、瀬奈選手と結城さん、そして僕たちは先に帰る事になった。

壊れた車は大人たちに任せて。

僕たちがチーム所有のワンボックスカーで帰路についた頃、コース上ではスーパースポーツカーレースの再スタートが行われた。


6月22日月曜日、朝。

天宮瀬奈は、学校に向かうため歩道を歩いていた。

顔色は冴えず、少しふらふらしているように見える。

「キィーー、ドンッ」

後ろの交差点で、車の接触事故が起こった。

「世界が暗転した」

天宮瀬奈はそう感じ、その場にうずくまってしまった。

同日、荒川工業高校1年2組の教室。

「天宮は休みか」

朝のホームルーム。

担任の新村教諭が教室を見渡たすとそうつぶやいた。

「保健室で休んでます」

クラスの誰かがそう答えると、鈴木徹、結城まどか、柏木浩一の三人は顔を見合わせた。

1時限目が始まる直前、天宮瀬奈が教室に戻ってきた。

「瀬奈ちゃん、大丈夫」

結城まどかが心配そうに天宮瀬奈に話しかける。

「なんか変、もやもやしてる」

鈴木徹、結城まどか、堤浩一の三人は、また顔を見合わせた。

始業のチャイムが鳴り、1時限目の担当教諭が入ってきたので天宮瀬奈以外の3人は自分の席に戻り授業が始まった。


同日放課後、柏木レーシングのガレージ。

柏木浩一と鈴木徹は、大きく壊れた2台のランチャストラトスを見ていた。

ゼッケンナンバー37は、天宮瀬奈選手が昨日クラッシュに巻き込まれた車。

ゼッケンナンバー38は、天宮瀬奈選手の同僚でティームメイトの佐藤文康選手の車だ。

佐藤選手は昨日のレースでは予選6位で、スタートではそのままの順位を保っていた。

天宮瀬奈選手は、抜群のスタートで佐藤選手のすぐ後ろまで順位を上げていた。

ほぼ同じ位置で富士の第1右コーナーへ侵入したところにイン側から突っ込まれたので、2台とも大破してしまったのだ。

昨日、瀬奈選手などの若い人たちは一足先に帰途についた。

壊れた車は、他の大人たちが運んでくれたのだ。

浩一と徹は、台車に乗せられている2台の壊れた車を分解し始めた。

分解しながら再使用出来る部品と廃棄する部品を分別しているのだ。

「こんにちは」

しばらくして瀬奈選手、いや瀬奈ちゃんがガレージにやってきた。

瀬奈ちゃんは浩一と徹に挨拶をすると、2階のシュミレータールームに入っていった。

この柏木レーシングのガレージは、1階がレーシングカーの整備をする場所。

2階には事務所と休憩室、そしてレーシングシュミレーターが置いてあるトレーニング室がある。

天宮瀬奈がトレーニング室に入り、レーシンググローブの準備をしていると鈴木徹が入ってきた。

鈴木徹はレーシングシュミレーターを起動し、第5戦の舞台となる菅生スピードウエイを画面に表示させた。

「ありがとう」

天宮瀬奈は鈴木徹にシュミレーターの準備をしてくれたお礼を言うと、シュミレーターのシートに座った。

鈴木徹は、壊れたランチャの分解を続けるため1階の作業場に降りて作業を再開しようとしていた。

「うぇぇぇっ」

「!」浩一。

「!」徹。

2階から響いてきた異様な声に柏木浩一と鈴木徹、そして書類の整理をしていた結城まどかの3人は天宮瀬奈のところへ集まった。

「うるさくてごめんなさい」

天宮瀬奈はそう言いながら自分の口元をぬぐった。

「ごめん、やっぱり今日はかえるわ」

「あぁうん、そうした方がいいよ」

鈴木徹は、天宮瀬奈にそう言うのが精いっぱいだった。



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