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妹に貢ぎたいお姉ちゃん、婚約者まで貢ごうとしてしまう



全部全部、妹にあげた。

自分の誕生日に両親からもらったぬいぐるみも。親友と一緒に作ったお揃いのポーチも。私のことを好きだと言ってくれた男の子がくれた髪留めも。だって…………







妹が可愛過ぎるんだもの!



あげたぬいぐるみを抱きしめて笑う妹、尊い!

私のお手製のポーチに嬉しそうに宝物の小石を入れる妹、抱きしめたいっ!

キラキラ輝く蝶の髪留めをつけた妹、背中から同じ蝶の羽が生えて飛んで行ってしまいそうっ!


はぁ。この光景の数々を目に焼き付けられただけで、もう他に望む物なんて何もないわ!

自分で持ってるより妹が使ってくれる方がずっと嬉しい。だから全部あげた。

その度にはにかんでお礼を言う妹は、天使なんて足下にも及ばないくらいに可愛かった。



そんな感じで、物心ついてからずっと自分の物を片っ端から妹にプレゼントしてたんだけど、最近ちょっと悩んでいることがある。それは婚約者のこと。


私には2年前に婚約者ができた。

この国の慣習では、貴族の女子は14か15歳で婚約する。大抵は少し歳上の男の人と。14歳のときにできた私の婚約者は、マーカス様という私より3つ歳上の男の人だ。

顔は悪くないし、性格だって穏やかで優しい。何より妹にも優しくしてくれるところがいい!


それで、何を悩んでいるのかというと、マーカス様を妹にあげるべきか否かだ。

マーカス様は婚約者として申し分ない、と思う。見た目だけじゃなくて仕草だって洗練されているし、体は細いけれど頼り甲斐だってある。身分もうちと同格の伯爵家で、本人も官吏として将来を期待されていると聞く。

だから、こんなに優良物件なら妹にあげたらどうかなって思ったの。でも、妹ならもっといい相手から求婚されるんじゃないかと思うと迷ってしまう。



だって私の妹は、とんでもなく可愛いんだから!



だからもっと素敵な男性から望まれたって、全然不思議じゃない。そう思うと踏み切れない。

夫が複数持てるなら悩まなかったのだけれど、残念ながらこの国は一夫一妻制だ。それなら妹には最高の一人と結婚してほしいと思うのは当然の事だ。


でも本人の気持ちも大事よね?


そう思ったから妹に聞いてみた。


「ねぇ、マーカス様のことどう思う?」


って。そうしたら、


「流石お姉様の婚約者。素敵ですよね!」


キラキラ輝いた瞳でうっとりと言う妹。

今日も最高に可愛いわ!


「じゃあ、マーカス様と結婚できたら嬉しい?」


この反応は、マーカス様のこと好きってことなのかしら?

そう思いながら聞いたんだけれど、その途端妹の顔色が変わった。というか、駆け出しの冒険者に舐められたオークみたいな形相になった。


「どういうことですか!?まさかあのクソ野郎、お姉様を捨てるとか言い出したんじゃないでしょうね!!?」


あら?ついさっき「素敵」って言ってたはずなのに…


「いえ、そういうわけじゃないのだけれどね?」


小首を傾げて否定するも、妹は何やら小声で呟いている。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


小さすぎて何を言ってるのかわからないけど、今日も私の妹の声は小鳥のさえずりのように可愛らしいわね!


思わず衝動的に抱きしめると、妹は頬をピンク色に染めた。


「お姉様…」


上目遣いのその表情、きっとドラゴンだってときめいて心臓発作でイチコロよ!


「うふふ、あなたは私の宝物だわ。大好きよ」


そう告げれば、


「私もお姉様のことが大好きです」


と瞳を潤ませて頬にキスしてくれた。



ーーーーーー



お姉様には内緒で、お姉様の婚約者の家を訪れた。お姉様の婚約者のマーカス…様は、驚きながらも快くサロンへと迎え入れてくれた。

でも、事と次第によってはただでは済まさない。


「今日はどうしたのかな?」


穏やかな笑顔を浮かべているマーカス…様に単刀直入に聞く。


「お姉様のいったい何が気に入らないというのですか」


マーカス…様は目をパチクリさせた。


「気に入らないところなんてないよ。君のお姉さんは、僕の可愛い婚約者だ」


サラリと言った相手を睨む。


「本当ですか?」


「ああ、本当だよ。そんなことをわざわざ聞きに来たの?」


首を傾げる相手を睨み付ける。


「ええ。お姉様が私に、あなたと結婚したいかなどとふざけたことを聞いてきたので」


マーカス…様は固まった後、頭を抱え込んだ。


「本当かい?」


弱々しい声に苛立つ。


「あなた、お姉様に何をしたんですか!?」


力なく首を横に振るマーカス。


「じゃあどうして!」


思わずテーブルを叩いてしまった。テーブルの上のカップがガチャンと音を立てる。淑女にあるまじき振る舞いだ。

けれど、その音で少し冷静になった。

そんな私に、マーカスは顔を上げて呟いた。


「なんとなく予想がつかなくもないんだけどね……」


「なんですって!?言いなさい!」


相手が歳上の男性だということは、頭から消えていた。


「君、お姉さんにめちゃめちゃ可愛がられているだろ?」


何を当たり前のことを。


「ええ、そうですが」


それがなんだと言うのか。


「その指輪、僕が彼女に贈った物なんだよね」


「………え?」


思わず固まった。

今日嵌めているのは、この前お姉様が「あなたの可愛い瞳にそっくりよ」とプレゼントしてくれたアメジストの指輪だった。私とお姉様は瞳と髪の色がそっくりだから、お姉様の色でもあるのだけれど…。


お姉様…?婚約者からの贈り物を私に…?


「これを……あなたが、お姉様に…?」


思わず声が上擦ってしまう。


「ああ。彼女の瞳と同じ色の石を探すのは苦労したんだけれどね」


肩を落として苦笑する彼に、流石に申し訳なくなる。私たちの目の色をした石は少ないのだ。


「あの!お姉様は別に気に入らなかったから私にくれたわけじゃなく、むしろ気に入ったから私にくれたんだとーー」


お姉様は、贈り物が気に入らないからと人にあげるような女じゃない。そこは弁解しないとーー


「わかってるよ。だから今回のも同じことじゃないのかな?」


と静かに遮られた。

同じことってーー


「……まさか!?」


「うん、そうなんだと思うよ」


寂しそうに笑う彼は、相当にショックを受けているようだった。

……それは、そうだろう。例え好かれていたとしても、他の誰かにポンとあげられる程度の婚約者だと言われたら…。


私はかける言葉を見つけられず黙り込んだ。重苦しい沈黙が部屋を支配する。


「……ねぇ、君。今、僕に同情してるよね?」


ようやく口を開いたマーカス様の目は、暗い昏い色を宿していた。

思わず背筋に走った怯えを隠して頷く。


「……はい」


「じゃあ、僕に協力してくれるよね?」


地獄の炎がゆらめくような声の響きに、ゴクリと唾を飲む。


「彼女が君のことをケーゲスのタランのように大事にしているのはよくわかっているよ。でもね……わかっていても許せないことって……あるよね?」


マーカス様のキュルキュスもかくやという雰囲気に気圧されて、私は最早こくこくと頷くことしかできなかった。





ーーーーーー



「あの、お姉様……」


「ふふ、どうしたのかしら。私の可愛い小鳥さん?」


お姉様の笑顔は今日も麗しい、じゃなくて。

今日、お姉様は婚約者のマーカス様と月に一度のお茶会……のはずなのに、テーブルの上には私の分のカップまで普通にある。今までは特に気にせずお姉様に誘われるまま参加していたけれど、今ならわかる。これはマズい。


「私、お邪魔でしょう?マーカス様とお二人でごゆっくりなさっては…」


マーカス様の、微笑んでいるはずなのに体に穴が開きそうなほど鋭い視線が痛い。


「まあ!あなたが邪魔になることなんて、例え魔王の軍勢が攻めて来たとしてもあり得ないわ!」


いえ、お姉様。その場面で邪魔になるのは、流石に私でもわかります。


「えぇっと、その…そうです!今日は少々気分がすぐれませんので…」


マーカス様の重過ぎる圧を受けて、なんとか二人っきりにさせようと言い訳をしてみたのだけれど


「なんですって!?マーカス様、申し訳ありませんがお茶会はまた日を改めてーーー」


お姉様は音を立てて椅子から立ち上がると、あっさりマーカス様を帰そうとした。


そうじゃない!

そうじゃないわお姉様!!


「いえ、少し休めば大丈夫ですからーー」


だからお姉様はマーカス様とーーと、そう続けようとしたのだけれど


「まあ、優しい子!でも気にすることなんてないのよ?お茶会なんかよりもあなたの方がずっと大事だわ!」


最早、私を見るマーカス様の目は、ハーギスを見つけたメモラのようだった。



わかります!わかりますけどそんな目で見ないでください!怖いです!!



お姉様とマーカス様は、基本的に月に一度のお茶会でしか顔を合わせる機会がない。それが一般的な貴族の婚約者だ。

そんな貴重な時間を、妹のちょっとした体調不良(仮病)でなくすと言い出すなんて…

焦る私を安心させようとしたのか


「大丈夫よ。マーカス様はお優しい方だもの」


お姉様はそう、にっこり笑った。

しかしそのお顔が急に固まった。

でも、それも仕方がない。だってマーカス様が、最終形態の魔王のような笑顔でお姉様を見ていたんだもの。視線を向けられていない私まで、体がすくんで動けない。

凍りついた空気の中、マーカス様がゆっくりと口を開いた。


「うん、アレティ。僕は確かに優しいよ。特に君にはね?でもーー」


そこで一旦言葉を切って、マーカス様はお姉様に近づきその腕を掴んだ。

そしてその耳元に囁く。


「でもね、譲れない一線はあるんだよ?」


途轍もない怒りの底に途方もない色気を含んだ声の直撃を受けて、お姉様は膝から崩れ落ちた。

離れていた私でさえ、正気を失いかけるほどの声音。私は慌てて部屋の扉へと向かい震える手をかけた。


これ以上ここにいたら、絶対にマズい。


「わ、私はこれで失礼しますわね?」


そんな私に、マーカス様はにこやかに微笑んだ。


「うん。お姉さんのことは僕に任せて?」


目の奥に、レレンの業火が見えた気がした。



ーーーーーー



お姉様はそれからお茶会の時間が終わるまでずっと、魔王状態のマーカス様に耳元で愛を囁き続けられたらしい。一緒に部屋に残ったお姉様付きのメイドの顔が真っ赤だった。


お姉様は、マーカス様が帰った後も夜中まで来客用のサロンのソファに座ったまま、虚ろな目でぶつぶつ何かを呟いていたとメイド達の噂で知った。私は、危険だからとサロンに近寄らせてももらえなかった。



お姉様、無力な妹でごめんなさい…。




ーーーーーー



そんなことがあった日から、お姉様の私への距離感が変わった。


抱きしめようとした手を慌てて下ろしたり、いつもならキスしてる場面で、髪を撫でるだけにしたり。


そしてお姉様も好きそうな物を私にくれることが殆どなくなった。その代わりに、お姉様の色やマーカス様の色をしたアクセサリーを自分で身につけることが多くなった。



ーーーーーー




今日は愛しいお姉様の結婚式。

いつもの数倍は麗しい笑顔のお姉様と、満面の笑みで寄り添う幸せそうなお義兄様。

ちょっとどころではなく寂しいけれど、お姉様はこの先ずっとあの魔王…お義兄様と暮らしていくのだから、お姉様が幸せそうなのはいいことだ。姉妹の絆が切れることはないから別にいいのだ。何があっても誰と結婚しても、お姉様は永遠に私のお姉様ーー


そう自分に言い聞かせていた私に、不意に魔王の極上の笑顔が向けられた。



今までと同じだと思うなよ?

彼女はもう、僕の妻だ。



距離があるのに、口も動いていないのに、そう聞こえた気がした。


喉の奥で声にならない悲鳴をあげる。

お姉様から受け取った花嫁ブーケが、手から零れ落ちカサリと音を立てた。








作中にでてくるケーゲスのタランなどは、この世界特有の生き物や慣用表現です。ググっても出てきません。多分。


ケーゲスのタラン: 掌中の珠的な意味


キュルキュス: とにかくヤバい


ハーギスを見つけたメモラ: ハーギスはメモラの天敵


レレンの業火: 地獄の業火の上位版


魔王: この世界の魔王の最終形態はめっちゃ妖艶


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― 新着の感想 ―
[一言] 少々姉が病んでますが、仲良し姉妹で良かったです(姉妹の仲が悪い作品が多いので)
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