続 ダンゴムシは押しかけ女房ならぬ、世話焼き侍女でした〜だから恩返しは正直お腹いっぱいです。今すぐ帰ってください。〜
あとがき部分に、キャラクター紹介があります。
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爽やかな日差しが気持ちの良い、朝のひととき。
トントンと、控えめなノックの音が響いた。
うーん、こんな朝早くから誰だよ。いくらなんでも早過ぎるでしょうよ。
あまりの眠気にあたしは居留守を決め込む。こういう時に限って、ミシェルたち――恩返しトリオ――がいないんだよね。自称万能侍女と万能執事だけど、全員で家を留守にしたら意味ないんじゃないの? 本当に使えないったらありゃしない。
トントン。
もう、うるさいなあ。早く帰ってください〜。
トントン、トントン。
はいはい、無視無視。二度寝、二度寝っと。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
こ、こ、怖っ! どこのホラーだよ。壊れる! 家が壊れるから!
仕方なくあたしはそっと鍵を開けた。その瞬間、反対側から勢い良くドアを開けられる。マジかよ。覗き穴つけてりゃ良かった。目の前にいたのはド派手なドレスに身を包んだお色気美女。ストロベリーブロンドの巻き毛と真っ赤なドレスがまぶしい。
いや、うち夜の店じゃないんですけど。……ん? 美女って、こんなに二の腕がたくましいものだっけ……?
「おっはー♡ アタシは先日助けてもらった……」
「間に合っていますので、結構です」
なんだよ、おっはーって。そのままドアを閉めようとしたところ、すかさず足を扉の隙間に入れられる。くっ、こいつ、やるな! よく訓練された借金取りですかね。ていうか、扉に突き刺さってるハイヒール、えらくサイズがデカくない?
「まあまあ、そんなこと言わないで♡ 今なら三ヶ月ぶんのミミズの乾燥粉末をつけてア・ゲ・ル♡」
「ますますいらねえ!」
「え〜、脳梗塞や心筋梗塞、熱冷ましにもよくきくのよ♡ 利尿作用もあるし♡」
また利尿作用か! だから、いらねえっつーの。あとどさくさにまぎれて、抱きついてくるな、変態!
つーか、こいつ男だ。ぶ厚すぎる胸板に押し潰されそう。
新聞の押し売りじみた自称恩返し野郎とドアの引っ張りあいをしていると、ミシェルたちが帰ってきた。帰ってくるのが遅いんだよ!
「お嬢さま、そんな、わたくしがいない間に間男を引き込むなんて!」
よよよと、倒れ込むミシェル。言いたいことはそれだけか!
「誰が間男よ! アタシは乙女よ!」
うるさい、黙れ!
頼むから、これ以上話をややこしくしないで。
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「オネエさんは、どーしてここにきたの?」
「やっだあ♡ 雨の日に助けてもらったからに決まってるじゃない♡ ミミズは雨の日にパートナーを探すんだから、これは運命に決まってるわ♡」
微妙に気になるアクセントでニオくんが尋ねると、オネエなミミズが嬉々として語り出した。雨が降ると、なんでかミミズって土から出てきて道端に転がっちゃってるんだよね。泥の中で息ができなくて溺れるからとか聞いてたのに~。
踏むと死んじゃうし、雨があがると干からびてやっぱり死んじゃうから、裏の畑に連れて行ってあげてたんだけど、そうかあ、パートナー探ししてるんだ……。ちっ、助けなきゃ良かったって思ったけど、良い植物を育てるためには良い土から。やっぱりミミズは見捨てられないわ。くっ、これが農家のジレンマってやつね。
それにしてもこのひと、普通に男の人の格好をしたらイケメンだと思うんだけど、なんでわざわざこんなケバい格好してきたの……。ミミズが雌雄同体なのを恨めしく思ったのは生まれて初めてかもしんない。今思ったけど、別にこれオネエじゃなくってもいいんじゃいの? いっそ男装の麗人だってありでしょうよ。どちらか必ず選ばないといけないのなら正直まだそっちのほうがよかった。
「神さまが男装の麗人、男装の麗人ってあんまりしつこく言うもんだから、ウザくなって簀巻きにして川に流して来ちゃった♡ ちょっとしたイタズラみたいなもんよね♡ テヘペロ♡」
なにがテヘペロだよ。もう、こいつら無駄に交渉力が高いのどうにかしてほしいんですけど。神さま、ちゃんと誰かに引き上げてもらえたのかなあ。
思わずあたしが遠い目になっていると、なぜかオネエが家に上がり込み始めた。ちょっと、そこのむっつり無口執事。あんた止めなさいよ。なんで普通に5人分の朝食を用意してるの。あー、ニオくんったら、そいつを手洗い場とかに案内する必要とかないのに! いやあああああ、あたしの平穏な朝を返して〜!
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ようやくありついた朝食だけれど、さっきからミシェルとオネエが舌戦を繰り広げている。それでも紅茶を注いだり、お代わりを持ってきたりとそつなくこなすミシェルは確かにすごいのかもしれない。調子にのるから、言わないけど。
「まったく朝っぱらから手ぶらでお越しの上、タダ飯喰らいとは本当に偉そうなお客さまですね。少しはお嬢さまの役に立とうという気持ちはないのでしょうか」
「あら、アタシは大地の鍬だもの♡ さっき、しっかり畑を耕してきたわよ♡」
大地の鍬って、なにその二つ名。でも今日のぶんの畑仕事が終わっているのは結構助かるかも。
「くっ、なかなかやるではありませんか。けれどお嬢さまの日々の生活を支えるのはわたくし!」
「なーに言ってんの。こんなダッサイ格好させて。アタシの未来のお嫁さんだもの、すぐにイケジョに変えてア・ゲ・ル♡」
おいおいおいおい、仮にも恩返しだか、結婚の申し込みに来た相手にダッサイとかなくない?
いや、まあ、確かに実用重視だし、汚れが目立たない格好が好きだけどさ。なんかモヤモヤする〜!
「えええええい! 家事能力はわたくしの方が上のはず! お嬢さまの大好物のハンバーグ、わたくしに勝てるひとは角のお店のロナルドさんくらいです!」
「何よ、アタシはアンタと違ってアタシがハンバーグにだってなれるんだから! 今からそこの店に行って証明してみせるわよ!」
やめて! ロナルドさんの店で都市伝説を現実にしないで! だいたい、そんなもの作られても絶対に食べないんだからね!
「う、ううっ、わたくしはハンバーグにはなれません……」
「ふっ、勝ったわね♡」
えええっ、ミシェルが負けを認めるところはそこなの?
絶望と言わんばかりの表情をして、ミシェルが床に倒れふした。ちょっと、オネエもそこで勝ち誇らない。ああ、もうしょうがないなあ。
「あのね、ミシェル。あたし、ここにひとりで住んでいるでしょう。父さんも母さんも行方不明だし、貧乏暇なしだし。他のひとに言ったことなかったけどね、結構寂しかったのよ。ミシェルが来てくれてあたしは本当に良かったって思ってる。毎日うるさいくらい賑やかだけど、それでも笑っていられるでしょ。ミシェル、一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくね」
「ううううううう、おじょおおおおおさまああああああ」
うわ、鼻水ついた。やめろ、抱きつくな、顔洗って来いや!
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翌日。
「あの、すみません……」
「恩返しならお断りです」
「いえ、こちらに来るように要請があったのですが……」
苦笑いした神官さまが、我が家を訪ねてきた。なんだろう、神官さまがうちに来る用事なんてあったっけ? 普通は何かあれば教会にこちらが出向くものなんじゃないの。
「ええ、普通はそうですが。まあ今回……というより、彼らは俺と同じで特別ですから」
ぺろりと唇を舐めたその舌――二つに裂けている――を見てあたしはすべてを理解した。くそう、この国は教会まで異種族に乗っ取られてるんかい!
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「ああ、結婚届を出したいと聞いたもので」
は? 結婚届?
「はい、お嬢さまがこれからもよろしくとおっしゃったので、ようやく教会に届けを出せますわ!」
花束を抱えたミシェルがにっこりと微笑んで、あたしの前でひざまずいた。
差し出されたのは桃の花。桃の花……ミシェルらしいわ……。
「ぜひ、こちらをお嬢さまに」
無口な執事がくれたのは、ひまわり。季節感無視してくるな。虫特権かよ。
ひまわりですか……。無駄に重い……。
「ぼくも! ぼくも! はい、どーぞ」
ニオくんがくれたのは、アサガオ。
え、アサガオ……。ク、クモだから? え、どういうこと? いや、マリーゴールドが良かったかって聞かれても……。マリーゴールド?!
いや、普通に赤いバラとかにしろよ!
くそう、生業のせいで無駄に花言葉に詳しい自分が憎い! っつーか、オネエもまぎれこむな。赤と白のアネモネとか、いらんわ! あとあたしはひとりだから。重婚とかできないから、みんなお断r……って、え、異類婚だから一夫多妻ならぬ一妻多夫もOKなの? 誰だ、こんな迷惑な例外をOKにしたのは! おいこら、神さま、ちったあ反省しろ!
混乱するあたしをよそに、神官さまとミシェルが世間話をしていた。
「ああ、懐かしい。俺も結婚の際に送ったものです」
「まあ、そうなんですね。ちなみに一体どのようなものを?」
「黒薔薇と白薔薇ですね」
黒薔薇と、白薔薇ですか……。ああ、このひと(?)の奥さんも苦労してるんだろうなあ。何だかいろいろと疲れてきたぞ。
頼む、お前ら本当に故郷に帰ってくれ。
とりあえずあたしは今度神さまを川で見つけたら、逆さに吊るして干物にすることに決めた。
◼️登場人物紹介◼️
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主人公
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貧乏な町娘。両親は駆け落ちしてこの街にやって来た。
ある日を境に両親が行方不明となってしまっており、両親が帰ってくるまで住んでいる家を守ると心に決めている。
裏庭に貴重なハーブなどがたくさん植えられており、それを売ることで生計を立てている。そのため畑仕事命。虫への耐性も高い。(もちろん害虫はあっさり駆除する)虫には人気だが、モグラからは恐れられている。
最近、ミシェルの伝手により、テントウムシの援軍が来たためアブラムシ退治が楽になった。しかし、あまりテントウムシを褒めるとミシェルがいじけてしまう。そのためお礼はテントウムシに直接ではなく、テントウムシの王子さまに手紙で伝えている。時々裏庭で育てている貴重なハーブを、お礼代わりに送ることにしている。
(イラストは彩瀬あいり様)
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ミシェル
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ダンゴムシのお姫さま。
尽くされるより尽くしたい派。家事スキルが無駄に高い。
得意料理はハンバーグ、エビやカニを利用したスープ。
お互い抜け駆け禁止のため、買い物など外出の際には侍女、執事全員で出かける決まり。
お仕えするものとしては、まさに本末転倒。
可愛いお嬢さまをイイコイイコしたい。なんだったらぺろぺろしたい。さらに言うなら、イケナイ関係になりたい。
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オネエ
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ミミズの姫ネエさま。蒼き衣をまとうこともないし、金色の野に降り立つこともない。
普通に男物を着用すればイケメンになるのだが、そこはミミズのポリシーとして両性を楽しみたいらしい。
主人公がいまいちおしゃれではないので、改造したくてうずうずしている。
オネエの体がゴツいためちょっとドレスからの二の腕や脚が目立つが、本人のセンス自体は良い。
なぜか都市伝説「ミミ◯バーガー」を知っている。
(イラストは相内 充希様)
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執事
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ダンゴムシの王子さま。ミシェルとは血縁関係あり。
むっつり無口のスケベ。気がつけばヤツはいる。家の中の出来事はすべて見られていると思ってよい。主人公がそのことに気がついていないのは、きっと不幸中の幸い。
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ニオ
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美ショタの執事。
幼児らしい外見を存分に利用して、純粋無垢に振舞っている。
しかし、彼の本性は肉食のクモ。気がつけば、手も足も絡め取られている。
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神官さま
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聖女さまをさらって番いにしたとんでもないやつ。
ヘビの王子さま。4人の子どもの父親で、まだ「王子さま」なのかなんて言ってはいけない。
本人的には白薔薇と黒薔薇を贈ってプロポーズしたつもりだが、花の色といつものへそ曲がりなセリフゆえに、奥さまにプロポーズとして伝わっていない。子どもたちからはヘタレ呼ばわりされているダメンズ。