ものもらい
朝起きると一度体験したことのある鈍痛が目の周りをおそった。
「あー、この痛みは…ものもらいか」
この春先は花粉症で目のかゆみが酷く、ものもらいなどになりやすい。
ものもらいという名前だけれど人に伝染ることはないと、一度患ったときに変なイントネーションで話す眼科医に教えてもらった。
伝染らないということは眼帯をつける必要はないのだけれど、腫れがひどいので眼帯をつけて学校にむかった。
もう高校生だというのに幼馴染のこーちゃんはいつまでたっても子供っぽい。どうせからかわれるだろうと思っていたけれど、学校について早々からかわれた。
「中二病にでもなったのか?いたい奴だな、おまえは」
「違う。ものもらいが出来たの。うざいからそういうノリいらない」
いつも通り冷たくあしらうが今日はなんだか粘り強い。いつまでたっても私の顔をじーっと見ている。
「こっち見ないで」
こーちゃんはびくりと肩を揺らす。
「は、見てねーし。自意識過剰かよ」
いつもより強い口調のこーちゃんに私も少し驚いたけれど、私のほうから謝るのもなんだか気恥ずかしくて言えなかった。
こーちゃんとは昔からよくケンカをしてきたけれど、お互いが中学に上がったころから私のほうからは話しかけなくなっていった。
同じ学年の人たちにこーちゃんと付き合っているんだって噂されるのがたまらなく嫌で、どんどんこーちゃんを避けるようになった。それでもこーちゃんは友達の少ない私によく話しかけてくれた。
私が寂しい思いをしなくてすんだのも、こーちゃんのおかげだったのかもしれない。私は席を立って、こーちゃんの席へ向かった。
「こーちゃん」
「なんだよ」
やっぱり少し不機嫌そうだ。
「今日の帰り駅前のケーキ屋さんで一緒にチーズケーキ食べよう」
昔からあるチーズケーキだけれどあの美味しさは飽きない美味しさだ。こーちゃんも私も昔からあのチーズケーキが大好きだった。
「眼科いけよ」
やっぱり不機嫌そうだけれど、私は「眼科はそのあとで行くから」と約束を取り付けた。
放課後、靴箱のあたりで掃除当番のこーちゃんを待ってから一緒に歩いて駅のほうに向かった。眼帯をつけているせいか少し視界が悪い。
横断歩道に差し掛かった時、急に体を後ろに引っ張られた。
「わっ!」
突然の出来事に驚いて大きな声が出る。その瞬間私の目の前を大きなトラックが一台横切った。
「バカ!何やってんだ!赤信号だろ!」
どうやら私は赤信号なこと気づかず飛び出していってしまったそう。
こーちゃんが助けてくれなければ私は死んでいたかもしれない。
「ありがとう」
信号が青に変わってみんなが歩き出す。
「いいよべつに。なにぼーっとしてんだよ。飛び出したと思ったら今度は進まないのかよ。早くしねーと俺一人でチーズケーキ食うからな」
ニヤニヤといつも私をからかう時の笑顔で笑う。不思議と今は全然嫌じゃなかった。
「そんなことしたらあんたの消しゴムの角、嫌というほど使ってやるんだから」
信号が変わらないうちにこーちゃんの背中を追いかける。いつもは避けるその背中に、自分から駆け寄るなんていつぶりだろう。
「お前、消しゴムの角はなしだろ」
こーちゃんのちょと猫背な姿勢も、へらへら笑う横顔も、視界が悪いせいか少しかっこよく見えた。
「じゃあ駅前まで競争ね。負けたほうがおごること!よーいどん!」
私は恥ずかしくなって走り出す。
「おい!ずるいぞ!競争するのはいいけど飛び出すなよ!」
「わかってる!」
赤く火照った頬を見られたくなくて、追いつかれまいと、私は全力で走った。
春先のまだ少しだけ冷たい風がなんだか心地よく感じられた。




