エリナの策略
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煌びやかな服に身をつつみ、ケツ顎王子の横に座っているこの状況を、誰か説明してくれ。なぜこうなったと、ライアーは頭を抱えた。
リチャードは明らかに妹エリナに恋心を抱いていた。しかし、婚約破棄するどころか彼は本腰で婚約に話を進めたのだ。何もせずともいつか婚約破棄されるだろうと高を括っていたライアーは、己の判断を呪った。
「ライアー嬢、リチャード王子本日はおめでとうございます」
王子との婚約パーティーはというだけあり、来賓者も名前だけしか聞いた事ないような偉い人も来ているようでライアーは裸足で逃げ出したい衝動に駆られた。
「あ、ありがとうございます」
ヒクリと口角が震える。今、自分が違和感なくちゃんと笑えているのか不安に感じつつ、見たこともない老夫婦にお礼を言った。
ライアーが今までに求婚を断った相手も来賓者の中におり、彼らは一番目立つ場所に座っている二人を鋭く睨んでくる。非常に居心地が悪い。あー帰りたいと嘆くライアーの横でリチャードはスッと立ち上がった。
「本日お集まりいただいた来賓の皆様に、心より御礼申し上げます。ですが、皆様にご報告がございます」
ザワザワとし始める来賓席。リチャードの隣にいたライアーもなんだと首をかしげた。
「私リチャードは、ライアー・クレフィングとの婚約を破棄いたします。そして、このエリナ・クレフィングと結婚します」
は??と固まるライアーなど気にもとめず、リチャードは影で隠れていたエリナの手を引いて戻ってくる。
どこかの物語のような話だ。さながら私は二人の恋路を邪魔する悪役って感じね。邪魔なんて一度もしたことないけど。ライアーはハッと吐き捨てるように笑った。
文句を言わないライアーに、彼女も了承しているのだと理解したようで、ザワついてた会場が一気に祝福ムードになる。
「おめでとー」と二人に投げかける言葉に、エリナは頬を染めた。蚊帳の外だなと他人事の様に自分の座っている席から立ち上がったライアーをリチャードが引きとめた。
「すまない、ライアー嬢」
手をとり申し訳なさそうにするリチャードに、ライアーは無表情で見下ろす。すぐに笑みを浮かべその手を振り解いた。
泣きはしない、悲しくもないのだから。怒りもしない、元々望んでいなかったのだから、むしろラッキーだ。しかしイライラはする。ライアーはフゥッと息を吸って気持ちを落ち着かせた。
この服を着るのに、化粧をするのに、装飾品でゴテゴテするのに、一体何時間かけたと思っているんだと。時間返せと本気で叫びたくなる。
果てしなくあったあの時間。絶対にほかの事で有効活用できた。アホらしくて涙が出るとライアーは目元の雫を拭いた。実際これは悲しみの涙ではなく、欠伸からの涙ではあるが。
「お姉さま、リチャードさんを責めないで。私が、わがままを言ったの……隠したくないって。ごめんなさい」
人前であるためいつもの生意気な姿はなく、しおらしい妹の演技をエリナはする。どれほど皮をかぶろうと、本性を知っているものにとってそれは通用しない。
「ざまぁ」と顔にクッキリと刻み込まれた文字。先ほどのライアーの涙が、悲しみの涙だと認識したエリナは優越感に浸っているようだ。
ライアーは、はなからこれが狙いだったのかと初めて妹の策略を理解した。クソーキヅカナカッターと脳内で悔しがる。
ただ婚約を破棄されるのではなく、大勢の目がある場所で婚約破棄を宣言する。これはかなり相手を傷つけることが出来るだろう。一般的には泣いて逃げ出すシチュエーションだ。
遠くで聞こえる男たちの声が、やけにはっきりと聞こえた。
「俺たちをコケにしたアイツのあんな姿が見れるなんてな」
「マジでざまぁみろって感じ」
ケタケタと笑うのは求婚してきた男たち。婚約破棄の宣言に彼らは、ざまぁみろと笑っているのだ。きっとこれも痛んだ心に追い討ちをかけるだろう、一般的には。
しかし、そんなことでライアーは心に傷など負わない。むしろ喧嘩上等だとシャンパングラスを手にした。胸糞が悪いので、持っているシャンパンでもかぶせてこようかと思案したのだ。
しかし、すぐに泣きそうなデレクの顔が浮かび、静かにグラスを近くのテーブルへ置いた。




