待ち望む吉報
地獄タイムは永遠に終わらないと言う意味でも地獄だった。
ケツ顎が一つ、ケツ顎が二つ、ケツ顎が三つ、ケツ顎が四つ……。イチャイチャと続くエリナとリチャードの会話をケツ顎数えて待つが一行に終らない。
「エリナもケツ顎にしてやろうか」
「っちょ!?!?」
焦るデレクをスルーし、ライアーはいや待てよと考えを改めた。これは好機ではないかと。
エリナは私と使用人以外には可愛く愛想も良い、となればリチャードが落ちるのも時間の問題。これはチャンスだとライアーは口角を上げた。
妹と婚約したいと、私との婚約を破棄してくれる日は近いはずだ。
「いやぁ、楽しみだなぁ」
先ほどまで形相だったライアーが、今度はフフフッと至福の笑みを浮かべる。そんな狂気な様子に、デレクは心の底から震え上がった。
一方、エリナとリチャードはその後も二人の世界に浸り続けていた。帰る時間になってもそれは続き
「時間が来るのは早いね、まだ君の元を去りたくない」
「えぇ私もよ。貴方と別れる時間が、いつまでも来なければいいのにと願ってしまうわ」
と寸劇を始める始末。
「いや、さっさと帰れよ」
玄関先で迷惑な劇を始めている二人を、追い出してやろうと腕まくりするライアーをデレクは慌てて止めた。
何とかウザい二人の世界を終らせ帰っていったリチャードだが、翌日そして翌々日とほぼ毎日彼はクレフィング家へとやって来るようになった。毎回ご丁寧に薔薇の花を持って。
「え、本当になんなの??」
屋敷が薔薇の香りに満たされつつある中、彼からの婚約破棄の吉報はない。しかし、エリナにはデレデレなリチャードに眉間の皺が日に日に増えていくのをライアーは感じた。
今日も例外なくやってきたリチャードとエリナは庭で盛大に御茶会を開いている。そこへほぼほぼ強制的に参加する事になったライアーは髪をクレアに結ってもらいながら愚痴を零した。
「あの方は、ライアーお嬢様の婚約者の方ですよね??」
部屋の窓から見える庭でイチャイチャとしているエリナとリチャードに視線を落としたクレアは、不思議そうに首をかしげた。何故、あの二人がイチャイチャしてるの??と純粋に彼女は言いたいのだろう。
「私も聞きたいわよ。婚約破棄してくれないかしら、嫁ぎたくないし」
「……結婚したくないんですか??」
髪を結っていたクレアの手が止まる。チラリと背後に視線を向けたライアーは、「えぇ」と短い返事を返した。なぜ??とまで食い下がって聞かないのは、彼女なりの気遣いなのだろう。
再び髪を結い始めたクレアは、思い出したように口を開いた。
「でも、女性は結婚するのが幸せだってオリジ様も言ってましたよ??」
オリジとはこの屋敷の古株の使用人だ。幼くして母を亡くしたライアーとエリナにとっては母のような存在。少し口うるさい所が難点ではあるが良い人なのは間違いない。
「……そうね。じゃあ、クレア私と結婚しましょう」
「……うへぇッ!?!?」
振り返り真剣に言うライアーに、クレアは一テンポ遅れて、驚愕したようにサササッと後ずさりした。ちょっとからかったつもりだったのだが、彼女は本気にしたようだ。
「冗談よ」
クスクスと笑うライアーに、モーッと赤面したクレアはそっぽを向いて頬を膨らませた。が、ふとライアーに視線を向けなおした。向けられた視線に首をかしげるライアーにクレアはフフッと笑った。
「でも。結婚したらお嬢様といつでも一緒ですね」
それは嬉しいかもと笑う彼女に、ライアーは鼻を押さえた。
いや天使かよ。




