幼女は天使(真顔)
「……はぁ、まぁこの話はこのくらいにしましょう。さっきの話は半分冗談だけど、本当に何かされたら私のところに来なさい。いいわね??」
「はい」
頬を少し染めた御者は、コクリと頷き。それを見たライアーは薄っすらと笑みを浮かべ自室へと帰ることにした。部屋に着けば、着ている重々しい服を雑に脱ぎベッドに倒れ込んだ。
「あーしんどい。絶対無理」
何も考えたくない、もう寝てしまいたいと思うが、目を閉じるとリチャードの笑顔を思い出す。枕に顔を埋めていたライアーは手元にあったクッションを遠くへ放り投げた。
「クソがッ!!記憶に出てくんじゃねーよケツ顎ッ!!」
ベッドに立ち上がり、誰も見聞きしていない事を良い事にリチャードのことを一方的にボロクソに罵る。ハーッハーッと荒く呼吸をしつつ部屋の隅に溜まっていくクッションの山を見つめ、小さくため息をついた。
「……絶対に結婚なんてしない」
乱れた髪を手でグシャグシャにかき混ぜた。布団の中にもぐりこんで、目を閉じる。今度はリチャードの顔が浮かぶ事はなく深い眠りに着いた。
◇◆◇◆
翌朝、ムクリと起き上がったライアーはカーテンの隙間から差し込む光に眉をひそめた。もう少し寝ていたが、そうもいかないかと起き上がり服を着替える。
侍女が着替えを手伝うのは当たり前のことのようで、エリナや他の家の令嬢たちは侍女が着替えを手伝うがライアーは基本一人で着替えてしまう。
パーティーなどに出席するときのゴテゴテしたドレスなど一人できるのが困難な服は手伝ってもらいもするが。一人で出来る事は一人でするが彼女のモットーなのだ。
着替えが終り、飲み物でも飲みたいと部屋を出た。廊下を悠々と歩きつつ厨房へと向かう中、フと向けた視線の先には大量の洗濯物を持ってフラフラと歩く少女が一人。
「……あれ、転ばないのかしら??大丈夫??」
ライアーの心配は見事に当たり、使用人の少女はバランスを保てず転び派手に洗濯物をぶちまけた。その様子に小さなため息が漏れる。
「ちょっと貴女」
声をかけると、少女はビクリと肩を震わせビクビクと振り返った。見かけない顔からして最近雇った使用人のようで、彼女はその場に土下座をした。
「も、申し訳ありません直ぐに片付けますので!!お許しください!!」
「とりあえず、洗濯籠をもう一つ用意してきなさい」
キョトンと見あげたまま動かない少女に、もう一度指示すると彼女はバタバタと駆け出して行った。彼女がかごを持ってくる間に吹っ飛んだ洗濯物を拾い集める。
「あ、あのもって来ました」
「はいありがとう」
ハーハーッと呼吸をする、全力で走ってきたのが一目で分かる少女から籠を受け取り、集めた洗濯物を入れた。半分ずつ入れた籠の一つをよいしょと持ち上げる。
「ほら貴女も持っていくわよ」
「そんなお嬢様にこのような!!」
「良いから持つ」
ピシャリと言い放つライアーに少女は敬礼する勢いでハイッ!!と籠を持ち上げた。今日の天気は良いので乾くのは早いだろうと中庭に洗濯物を運んだ。
その流れで洗濯物を干すのも手伝う。
「貴女、最近うちに??」
紐にシーツをひっかけ、近くで同じように洗濯物を干す少女に話しかける。彼女は直ぐに「はい」と頷いた。
「大変な事も多いだろうけど、頑張って頂戴ね。えーっと」
「クレアと言います」
名前を聞いていなかったと口ごもるライアーに、クレアは直ぐに自己紹介をした。少女特有の高い声、必死に伝えようと少し早口な彼女の喋り方にライアーは微笑んだ。
「そうクレア、頑張ってね」
フンワリとしたハニーブラウンのクレアの髪に指を通す。優しく頭を撫でると、彼女はふへぇッと小さな声をあげ顔を緩ませた。
「はい!!ライアーお嬢様!!」
子犬の様に懸命に尻尾を振る幻覚が見えるわとライアーは、顔を手で覆った。ただただ癒しである、ここ最近の疲れが吹っ飛ぶほどの威力だと、癒しパワーで元気を取り戻し始めたライアーは再び地獄へと突き落とされた。
「ライアー様こちらに!!リチャード王子がお見えですわ」
侍女の一人がパタパタと走り寄ってくる。
「……神は私が嫌いな様ね」
死んだような目になるライアーの手を、恐る恐るクレアが触れた。しんどそうな顔色のライアーを大きな瞳で心配げに見上げる。
「ライアーお嬢様、大丈夫ですか??」
もしかして体調が悪いのに、手伝いを!?なんて事私!!と焦るクレアの手をライアーは握った。身を屈め、顔を近づけた。
「クレア」
「はい!!何でしょうか」
「……ギュッと抱きしめて頑張れって言って頂戴」
キョトンとするクレアに早くと手を開く。恐る恐るといった様子でクレアはライアーの腕の中に身を埋め背に手を回した。
「ライアーお嬢様、頑張ってください」
「……よし、あのケツ顎を本物のケツにしてくるわ」
「なに馬鹿な事言ってるんですか。行きますよ」
癒しパワー注入と意気揚々とするライアーを侍女が鋭いツッコミを入れた。
今日見つけた天使の様な可愛い少女に、アーッと手を伸ばし抵抗するが侍女の力は強く、ズルズルと望んでもない場所へと引きずられて行った。




