吐き捨てられた言葉は
「え!?大丈夫だった!?」
ガシッと肩を掴んだイアルは、ぶんぶんとライアーを前後に揺らす。最初こそ良かったものの、次第に気分が悪くなり始める。
せ、世界が回るわ~。
「殿下、そろそろやばいッスよ」
顔色が悪くなっていくライアーに、黒ヒョウは前足を上げた。開放され、近くのベンチにへたり込むと一人と一匹は心配そうに顔を覗き込んできた。
「ご、ごめんね」
シュンッと反省したのか眉をたらすイアルに、気にしないでくれとゆっくり立ち上がる。
「昔からの良くも悪くも全力一直線は、かわらないッスね。そんなんじゃ、ライアーさんに愛想つかされるッスよ」
呆れ交じりのため息をつく黒ヒョウに、イアルはむすっと眉をひそめた。
「うるさいな~」
どうやら、昔馴染みなようでお互い軽い口調で話をしている。
「小さな頃なんか、ルイズ王妃に怒られた=僕はいらない子とガッツリ勘違いして、この国から家出したこともあったし」
王子様の家出レベルすごいな。
それよりも、そんな小さなころの事まで知ってるってこの黒ヒョウは一体何者だ??
「途中で人間に見つかって追いかけられて怪我して、人間に助けられて……」
「ストップ」
黒ヒョウから出てくるワードの全てに驚く。なんだその話は初耳だぞ、とストップをかけるイアルを見たがあからさまにそらされた。
まぁ生きていたら隠したい話の一つや二つあるものか。
モヤモヤしつつ、仕方のないことだろうと納得する。イアルは、ペラペラと話した罰だと黒ヒョウの頬の肉をビヨーンと伸ばしていた。
「お二人は仲がいいんですね??」
この話題は触れない方がいいと判断したライアーは、話題を変える。仲良さげにじゃれあっていた二人は、は??と固まって動かなくなった。
「え??何処が??」
「それは勘違いッスね。俺はイアル殿下にこき使われる可哀想な獣人、仲良くなんてないッス」
しくしくと前足を器用に泣きまねをする黒ヒョウに、イアルは苦虫を潰したような顔になる。すぐに焦りながらライアーに弁明する彼に、黒ヒョウはケラケラと笑った。
「というのは冗談です、仲良くはないッスけど」
「お前」
笑顔のイアルの口元が、ピクピクと痙攣していた。きゃーこわーいと黒ヒョウはライアーの背に隠れる、しかしその声は抑揚のない棒読みで、冗談なのは誰が聞いてもすぐ分かった。
「そんな事より、ちゃんと自己紹介したのか??」
「そーいえばまだでした」
背後からのそりと現れた黒ヒョウはいつしか黒髪の男性へと姿を変えていた。彼はライアーの足元に跪くと胸に手を当てた。
「申し遅れました、近衛兵兵長ウィル・クォーツです。イアル殿下とは昔からの腐れ縁で、今でもこうやって時々お話を。気軽にウィルとお呼び下さい」
「ライアー・クレフィングです。どうぞよろしく」
「よろしく」
ウィルは琥珀色の目を細め、立ち上がった。黒髪にまぎれて耳がヒョコヒョコと動いている、尻尾もたらりと垂れ下がっていて、獣人というのが見たらすぐ分かる姿をしていた。
そんなウィルに並ぶイアルには耳も尻尾もない。
そのことが気になったライアーの視線がウィルとイアルの頭を行き来した。
「ちなみにッスけど、殿下の耳と尻尾は根性で消してるんすよ」
こそこそっと耳打ちしてくれるウィルにそんな事が出来るかと声をもらした。
「不可能ではないんすけど、かなり力を使います。俺なんて三十分もしてたらバタリッスね。剣の素振りを三時間ほどぶっ通しで続ける方が楽ッス」
それってかなりすごい事では!?
「そんなに大変な事をしてるんですねイアル」
「それを四六時中、毎日とか考えただけで吐き気と疲労が。本当に化け物並にすごいひッ!!!!」
近くで内緒話をしていたウィルの距離が、突如遠のいていく。自ら距離をとった彼の顔色はものすごく悪かった、恐ろしいものを見てしまったときのように顔面蒼白していた。
何事だと振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたイアルがたっていた。
「二人とも楽しそうだね??ところで、ウィルは自分の主人の婚約者との距離の近さは自覚してるんだろうか??」
完璧なまでの王子様スマイル、なのに目はまったく笑っていなかった。
「殿下がどれだけ偉大かお話させてもらっただけッスよ!!」
「ふ~ん」
イアルはまったく納得していないのか、生返事で聞き流した。
「久しぶりにちゃんばらでもしようか、ウィル。ライアーもついて来てね??」
終始笑顔で話すイアルに、ウィルは元気よく「はい!!御心のままに!!」と返事をした。ライアーもこくこくと頷く。
ただ、さすがに庭園で剣を振るうのは危ないので場所を変えることになった。
胃が痛いとお腹を摩るウィルに、何て声をかければ良いのか迷うライアー、やる気満々のイアルの三人が去って一人の少女が物陰から顔を覗かせた。
三人のやり取りをずっと物陰で聞いていた少女は、ギリッと下唇をかみ締めると、三人が向かった方角をきつく睨んだ。
「笑っていられるのも今のうちよ」
少女は吐き捨てるようにいうと、再び物陰へと姿を消した。




