あの、すいませんがお名前は??
頭を撫でていると、何か言いたげな黒ヒョウと視線がかち合う。
いや、自分でもこれでは駄目だと思ったからこそ、そう感じたのかもしれない。
そうよねガキ臭いことしては駄目よね。
王太子妃にこれからなるかもしれない女性が、人を見た目で判断するのはいかがなものだろう。
冷静にと気を落ち着け、三人に向き直ろうとするライアーを、赤毛の女性は上から下まで舐めるように見て噴出し笑った。
「それにしても貧相なお召し物ね!!そんな服しかお持ちじゃないの??」
そういえば、町に行ったままの装いだったと自身の服装に視線を落とした。ただ、派手なゴテゴテドレスより動きやすいし嫌ではない。
「地味な色の服だこと!!」
高笑いをする赤毛に、ライアーの怒りパラメーターが急上昇した。というのも、選んでくれたのはイアルなのだ。
オリーブ色のワンピースで、裾にレースがあしらわれた着心地の良い服。ライアー自身も気に入っていた。
町に溶け込めるように地味な色をあえて選んでいるので、地味な色は当たり前だ。だが事情を知らない三人は、それが普段着なのだと思い馬鹿にしてきているのだ。
駄目だわ笑っていなければと無理に笑う所為で、口元がピクピクと痙攣する。
畳み掛けるように服をいじり倒す三人に、無言でライアーは立ち上がった。何事だと一瞬ひるむ赤毛たちに、スカートの裾をつまみ、優雅にお辞儀をした。
「申し遅れました、ライアー・クレフィングと申します」
突如始まった自己紹介に戸惑って何も言わない三人をいい事に、ライアーは喋り続ける。
「諸事情御座いましてこのような姿で申し訳ありません、皆様は素敵なドレスをお召しですわねうらやましい。失礼ですがお名前をお伺いしても宜しいかしら??(約:派手派手ドレストリオが、名乗りもせずに失礼すぎるだろ赤ちゃんから出直して来い)」
ニッコリと張り付いたような笑みを浮かべる、最上級のお返しだ。といっても通じてはいないのだろうが。
「イアル様のご婚約者が、こんな地味な服をおよそいだなんて。おかわいそうに、愛されてないんじゃな御座いません??」
いや、名乗れよ。
名乗るのかと思いきや、再び服の事をいい始める赤毛に真顔パンチを繰り出してやろうかと拳を握った。
「さぁ??それは私には何とも。本人に聞いてくださいますか??」
愛の有無は服で決まるそうだ。確かに綺麗な服も、いい素材の服も高価ではある。だが、愛とは服で容易に計れるものなのだろうか。
例えそうであっても、勝手に判断する材料にはしないで欲しい。どんな服だって誰かの愛情で出来てるんだから。服は愛を計る道具じゃない。
考えは人それぞれだから、深くは突っ込まないけど。
もう面倒だと戦線離脱し、ベンチに座りなおした。
「人間なんかを嫁にするなんて、イアル様はどうかしているわッ!!」
思いのほか食いつかなかったライアーに腹を立てたのか、そう捨て台詞をはいて三人は退散して行った。
ずっと貼り付けていた仮面がはがれる。
「腸が煮えくり返るわー。最後まで名乗らなかったんだけど誰??いや本当に誰??人の事とやかく言う前に、自分の行いを恥じて頭を土に埋めた方が良いわ」
ブツブツと真顔で呟き続けるライアーの傍らで、黒ヒョウが尻尾を振った。
「おつかれッス」
時間が止まったような気分だった。んん!?!?と勢いよく隣を見ると、黒ヒョウは大あくびをしていた。
「あれ、ルイーナ・シュトガーネとメリア・レイレーンとイルナ・ルトラドフですね」
親切に派手派手ドレストリオの身元を教えてはくれるが、それど頃ではない。話せるじゃん!!言葉理解してるじゃん!!がライアーの思考の九割を埋め尽くしていた。
「ちなみに俺は獣人ッス」
「……え、賢くて大人しい野生動物だと思っていたわ」
すぐに喋ってくれよ。
「この国は獣人と別に野生動物も居ますが、草食動物だけッスよ。肉食動物は大体獣人」
ちょっと待て、ファニマーンに来た当初イアルが言っていたライオンとか……そういえば冗談って言ってたな。
すっかり抜け落ちていた過去の記憶。
肉食系は大体獣人と記憶の新しいページに刻んでおいた。
「居たら危ないッスしね、意思疎通は出来ませんし」
「まぁそうね。ところで大体って何でそんな曖昧な言い方なんですか??絶対いないんですよね??」
「ちょっと今日暑いッスね」
「その立派な耳は仕事をしていないのか??」
黒ヒョウに詰め寄っていると、イアルが大急ぎで走ってきた。
少し汗をかいたその姿に、大急ぎで仕事を終わらせ戻ってきたのだろうとハンカチを差し出した。
「ごめんね待たせちゃって、何もなかった??」
「殿下の元婚約者候補に襲撃されたッス」
先に言われた。
間髪いれず報告する黒ヒョウのスピードにライアーは勝つことが出来ず、開いた口は静かに閉じる事しか出来なかった。




