仲の悪い姉妹
とりあえず今度会ったときには、あッ!!手が!!と水でもかけてやろう。私の首飛ぶかしら??とライアーはただ宙を眺める。
とりあえず早い話、リチャードに嫌われたいのだ。こちらから持ちかけた縁談話を蹴るのは失礼だろう、本人が望んでいないとはいえ父から持ちかけた話なのは事実だ。
となれば、彼がこの縁談を蹴ってくれるよう嫌われることが一番良い。プラスで「ライナーは下品な女だったので、縁談話を見送った」とリチャードが言いふらせば、他の男たちもその話を鵜呑みにし「そんな下品な女嫌だ」と縁談話を持ちかけたり求婚されたりすることもなくなる。一石二鳥だ。
「我ながら良い案だわ」
クフフフッと不気味な含み笑いをするライアーに、デレクはビクリと肩を震わせた。
「嬉しそうな所悪いけど、それって僕にとっては良い案じゃないよね絶対」
ボソリと零すデレクのため息を、ライアーはわざと聞き流した。
クレフィング家の門を潜り、屋敷の玄関口で馬車は動きを止めた。しばらくすると、御者が扉を空けデレクとライアーは外へと出た。
「御疲れ様でした」
ペコリと頭を下げる御者に、ライアーはハニカムと手を振った。
「ありがとう、貴方も御疲れ様」
何度も言うが、ライアーの欠点は言動が多少荒々しくなる所だ。令嬢としてそこは直さなくてはならない。しかし、性格が悪いと言うわけではない、むしろ良いほうだ。使用人にも優しく接し、あまりお嬢様風を吹かせることもない。そのため使用人の中にも、叶わぬ恋心を抱くものは少なくないのだ。
「擦り傷が出来てる。これを使って、後で手当てしておきなさいね。貴方の仕事は手が大切なんだから」
手綱で擦れて出来た傷に気がついたライアーはハンカチを御者に渡した。ハンカチを握らせフンワリと笑う彼女は御者の目にどう映っているのだろうか。
ポッと頬を染める若い御者の姿に、アイタタとデレクは額に手を当てた。
「本人が無自覚な所が、よりアイタタって感じだよね本当。我が娘ながら怖い」
「何の事ですか??お父様」
首をかしげデレクの頬を引っ張るライアーに、彼は必死で許しを請う。そんな二人の間に割って入るように甲高い声が玄関口まで届いた。
「お父様!!お帰りなさいませ!!」
デレクの腕に絡みつくように抱きつく少女の名はエリナ、ライアーの妹だ。片腕にしがみ付き甘えたような声を出す妹に、ライアーは眉間に皺を寄せた。
「ただいまエリナ」
「……ッチ。お帰りなさいませ、お姉さま」
あからさまな舌打ちに、口角がヒクつくのを感じた。エリナはそ知らぬ顔で、屋敷の中へとデレクの腕を引く。そんな様子を伺っていた御者の視線に気づいたエリナはキッと彼をにらみ上げた。
「御者の分際でいつまでそこに立っている気??さっさと下がりなさい」
ビクリと御者は肩を震わせ、オズオズと頭を下げた。申し訳なさそうにする御者をいまだに睨むエリナにライアーは、眉間に皺を寄せた。
「何が気に入らないのか知らないけど、この人に当たるのはお門違いよ。謝りなさい」
エリナを引き止めるライアーだったが、彼女はフンッと顔を背ける。
「じゃあお姉さまはお父様に謝るべきよ、沢山の縁談話を持ってきてくださるのに、全て蹴って!!」
「それとこれとは別の話でしょう」
ピシャリと言うと、言い返す言葉が見つからないのかエリナはギュッと下唇を噛み締めた。
「この親不孝者!!」
言葉を吐き捨てるように言うと、ライアーを睨み上げたエリナは背を向け歩き出してしまった。彼女に腕を引かれてデレクも歩いていく。その後姿を見つめハーッとため息を零した。
「……妹がごめんなさい」
後ろで姉妹喧嘩を見て、オロオロする御者に頭を下げた。
「いえ、自分は平気ですから」
ブンブンッと手と首で問題ないと表現する御者に、ライアーは小さく笑った。
「もし今度同じ事をしていたら言ってね??往復ビンタして外の木に吊るし上げるから、反省中って紙を貼ってね」
「罰が独特じゃないですか……それ。あの、本当に気にしないでください」
水掛け論の様に、するわ、結構ですの言いあいが続く。
理由もわからなく嫌われ、何かと突っかかってくるのは普通に面倒で腹が立つ。一度たたき上げて理由でも聞き出そうかとライアーは満面の笑みを浮かべていた。
「良いのよ、個人的な恨みもあるし全力でするわ」
「全然良くないです」
笑顔で言ってのけるライアーに御者は引き気味に苦笑いを浮かべた。




