大神官
◇◇◇◇
レオディール伯爵夫人がやってきてから早一週間がたった。
人間の王太子妃反対派が再び襲いにやってくるのではないかと用心していたが、この一週間はかなり平和だった。
正直かなり警戒していた身としては、力が抜ける。
ライアーとイアルはその日、回復し始めた大神官のお見舞いをするため王宮を出ていた。
普段大神官がいるのは町の神殿で、現在もそこで休息している。
本来なら神殿に直接行けばいいのだが、街を見てみたいというライアーの願いが聞き届けられ、お忍びで街へと出てきていた。
「鉢植えの花は駄目だし、切花で元気の出る黄色やオレンジの花がいいわね」
町の花やに立ち寄った二人は、お見舞い用の花を選んでいた。
ぞろぞろと護衛をつければ悪目立ちするので、少し距離をとった場所から騎士たちは目を光らせている。
二人も軽装に着替えているため、ぱっと見は町娘と普通の青年の様で、街の雰囲気に良く馴染んでいた。
「大神官様は何色の花が好きかしら」
「君が選んだ色ならどれでも喜ぶと思うよ」
ははーっと笑っているイアルだが、完全に選ぶという行為からは戦線離脱しているようだ。
「悩む気がないのはわかったわ」
花を選び花束を作ってもらっている中、ライアーは近くの並ぶ露店に目をやった。どうやらアクセサリーを売っているお店のようで、チラチラとそちらに視線が向いてしまう。
「花束が出来たら少し見に行こうか」
あまりにも見ているもので、イアルもさすがに気付き噴出した。
出来上がった花束を、イアルは受け取りお金を渡した。アクセサリーのお店はかなり人気のようで、町の女の子たちがたむろしている。
そんな中に飛び込んだライアーは、キラキラと光る小粒に宝石がついたアクセサリーを眺めた。どれも可愛らしいモチーフのものばかりで、女の子の人気があるのも頷ける。
これも可愛らしい。あれも可愛らしい。と手にとって輝きに目を光らせる。
「そういうの興味ないのかと思ってた」
「着飾るのは好きじゃないですけど、アクセサリーは好きです。あ、ゴテゴテした大きなネックレスとは嫌いです。小ぶりの」
話しながらも商品を見るライアーの視線が止まった。
「あ、あれなんか好きです」
月と狼をモチーフにした小ぶりのネックレス。灰色の小さな宝石がキラリと光る。
無意識に選んだが、どこかイアルを彷彿とさせる選択肢にライアーは口をつぐんだ。
「よし、い、いきましょう」
かくかくした動きで女の子の群れから抜け出す。少し経って後を追う様にイアルも抜け出てきた。
「さていこうか」
神殿まで、歩いて数分ほどの距離だった。神殿に着けば神官が大神官の部屋まで、案内してくれた。
中に入れば、真っ白い髪をした大神官がベッドに横になっていた。
「やぁ、よく来てくれた」
「大神官様お加減はいかがですか??お花、持ってきましたよ」
「あぁ、綺麗な花を有難う」
オレンジと黄色をメインに作ってもらった花束を、大神官は喜んでくれた。
「このような事になってしまい申し訳ない。本来なら、もう挙式を挙げておられたはずなのに」
頭だけペコリと下げる大神官に、二人はいえと首を振った。
「今は、お体を元気にする事が一番ですわ」
「あぁ、ありがとう。……ところで、ライアー様が襲われたと噂を耳にしました」
言いずらそうに切り出した大神官に、イアルが小さく頷いた。神殿にも話は届いていたようで、そうですかと大神官はため息をこぼした。
「どうやら、私を襲った人物と同じ者が働きかけたのでしょう」
「レオディール伯爵夫人が犯人では??」
イアルが一歩前に出ると、大神官は頭を左右に振って否定した。
「私を突き落とした犯人を同行していた神官は見ていたのでしょうが、怯えて物を言わない。言えば消されてしまうと、泣きついてくるのです。そんな事が出来るのは」
大神官は言葉を濁したが、言いたいことは二人とも察しがついた。レオディール家は伯爵家でも末端と聞かされている、レオディール伯爵夫人に脅されたとしても、それほど怯えはしないだろう。
神殿に仕える神官はそれなりの身分だ。
となれば、神官一人どうこうできるほどの権力があり、神官が怯えるほどの家が黒幕にいるという事になる。
「お話くださり有難う御座います、大神官様」
ベッドの傍に腰をかがめるライアーに、大神官は手を伸ばした。皺のある大きな骨ばった手、そっと触れる。
「お二人ともどうかお気をつけてください。それと、私は貴女を歓迎していますよライアー様。ライアー殿下とお呼び出来る日を待ち望んでいます」
「はい、有難う御座います大神官様」
「そのためにも早く怪我を治しますよ、もう少しお待ちください」
触れていた手をギュッと握る、大神官は顔に皺を作って笑い。つられる様に、イアルもライアーも笑顔で頷いた。




