婚約宣言
「縁談話の件も先ほどお話になっていたことは全て勘違いではありませんか??」
淡々と言うルイズにエリナはグッとした唇をかみ締めた。
「い、いいえそのような事は御座いません!!真実で御座います!!」
なんとか自分のペースを取り戻そうと、必死に胸を張って高らかにエリナは宣言するが、ルイズは冷たい視線を向けるだけだった。
「そうですか。ですが可笑しいですね??私どもは、イアルからライアーさんに求婚したと本人より聞いておりますが??貴女はイアルが嘘を言ったと仰るの??」
ざわざわと再びし始める会場。エリナは始めて知った事実に衝撃を受け目を見開いた。
「私は、ライアーさんが貴女の仰るような方だと思えません。彼女は使用人にも優しく接する事の出来る素晴らしい方だわ。この国を破滅に導く??とんでもない。そのような馬鹿な話がありますか」
ファニマーン王国の王妃は人間が嫌い、という話は国中のものが知っていた。その王妃が、素晴らしいと褒めた、その言葉の重さを会場中の人々は確かに感じた。先ほどまで流れていた不穏な空気が消え始める。
やがて、姉の婚約パーティーをぶち壊そうとしている妹へ、きつい視線が向きはじめた。
《姉の婚約に水をさすなんて邪推ね》
《何て酷い事を》
その空気の変わり方に、エリナは困惑し視線を漂わせた。そして視線の中に入り込んできたライアーを睨みつけた。
あんたの所為よ、あんたが居るから私の人生は、とブツブツ呟きながらエリナが近寄ってくる。それに迎え撃つようにライアーが一歩前に出よう。しかしライアーの前にイアルが出た事によってそれはかなわなかった。
「ダメだよ。後ろに居て」
「でも」
これは我が家の問題だ。こんなお祝いの場にまで持ち込んでしまった事自体大事で恥ずかしい事。
なのに、その上イアルの背後で何もせず居るだけなんて絶対にダメだとすり抜けようとするライアーの腕をイアルが掴んだ。
「離してイアル」
低い声でライアーは離すよう要求する、それでもイアルは手を離そうとしない。向こう側でもエリナは警備をしていた騎士に捕らえられ暴れていた。
「イアル様は見る目がない。あんな女を選ぶなんて、さぞ女性経験がないんですわね。可愛そうに、見てくれだけで判断しているんだわ」
エリナの一言にピクリとライアーの指先が震える。あいつ今なんつった??とライアーに怒りが募り始めた。
イアルの婚約者に向いてないと反対するのはこの際良い、だが私の愚妹は今なんと言った??イアルを侮辱しなかったか??
幸いエリナの声を小さく騒動に困惑している来賓者にまでは届いては居なかった。が、それとこれとは話が違う。
鋭い視線になったライアーにいち早く気付いたイアルは、握っている手に力を込めた。
「すっごく怒ってるのは良くわかったから落ち着こうね」
いつものように暴言を吐き散らかして、お説教してやりたい気分だが、ここはそれが叶う場ではない。行く先がない怒りにライアーの拳が震える。
イアルは、そっとライアーを落ち着かせるために背を撫でた。ここで怒りを炸裂させれば、もっと場の空気が悪くなると怒るのを我慢しているのは火を見るより明らかだったからだ。
「ドードー、落ち着いて」
「私は馬か」
何度か背を撫でられ、気が立っていたライアーは徐々に落ち着き始めた。
そんな中一人の男が来賓者の間を縫って現れた。その男は紛れもなく騒動の渦中に居る姉妹の父、デレクだった。
すばやく出てきたデレクは、未だに暴れるエリナの頬を叩いた。父が手を上げるのは初めてのことだった、口の悪いライアーにも行儀の悪いエリナにも口で叱る事はあっても手をあげる事など一切しなかった。
そんな父に叩かれた、叩かれた当人のエリナもそうでないライアーも衝撃で目を丸めた。
「自分の縁談が上手く行かなかった憂さを、姉の婚約の邪魔をして晴らすのはやめなさい!!お前の身勝手な行動で、どれだけの人が迷惑していると思っているんだ!!!!」
デレクはルイズや来賓客に何度も頭を下げ詫びた。初めて父に叩かれ、心ここにあらずのエリナもデレクに促されるまま頭を下げ会場を出て行った。
会場中の人が一言も発する事無く、時間だけが過ぎていく。
そんな中ルイズの横に立っていたロマードが先陣を切って動いた。パンッと手を一つ打った国王に、視線が集中する。
「さぁ、パーティーの主役も到着した事だ。パーティーを開始しよう」
それに続くようにルイズもシャンパングラスを持ち、皆に持つように促した。
ライアーにもイアルにもグラスが渡される。注がれたシャンパンは透き通った綺麗な色をしていた。それをロマードは高らかにかかげた。
「ここに、イアル・ロマード=ファニマーンとライアー・クレフィングの婚約を宣言する。今後共に歩む二人と我が国に幸あらんことを!!」
ロマードがシャンパンを飲み干す。続くようにルイズ、イアル、ライアーもシャンパンを飲み干していった。そのあと来賓者たちも各々で幸あらんことを!!乾杯!!とグラスをかかげ、シャンパンを飲み干していった。
問題なく婚約の宣言は終わり、来賓者たちは和やかな空気の中、食事や話に花を咲かせ始めた。ライアーは再度ルイズとロマードに頭を下げ謝罪し、来賓者へも一人一人頭を下げてまわった。
「……やっと終わったわ」
一人げっそりとライアーは呟く。テラスにでれば風が吹いていて、会場の熱気で暑くなった体温をさましてくれた。
なんとか全員に挨拶を終え、息をつく頃にはパーティーは終盤。お腹が満たされた人たちは優雅にダンスを踊っていた。
流れるように聞こえてくる演奏。風が気持ち良いと揺れる髪を手で押さえ、ゆったりとした曲に目を閉じ聞き入った。




