蛇に睨まれた蛙
何も言わず、ただただライアーを見下ろすルイズの傍らに使用人の一人が近寄る。彼女はルイズの耳元でコソコソと何かを耳打ちすると、静かに礼を一つして下がった。
「ライアーさん、会場へ来る道中お召し物が汚れてしまったそうですね」
ルイズの瞳が鋭いものになった。
ライアーは目を見張り、気まずそうに俯いた。そのまま身をかがめはいと一言肯定し、顔を上げた。
「状況聞かせていただけるかしら」
冷たい彼女の視線が自身に向いているのかそうでないのか。再び俯いたライアーにはわからない、ただ背筋が凍るような雰囲気に彼女と目を合わせることができないでいた。
「……お言葉ですが、聞く人によれば言い訳になって」
「よいから、申しなさい」
間髪をいれずルイズが、ライアーの言葉をさえぎった。ビクリと肩を震わせるライアーの方に、そっと暖かさが寄り添う。
「大丈夫、あった事を話して」
「イアル」
顔を上げるとあったのはイアルの顔。彼は、いつものように優しい笑みを浮かべライアーの肩に手を置いていた。
「……申し上げます。私は侍女のミハネとスミネと共にこの会場へと急いでおりました。その道中、前方にペンキがまかれ、ご用意いただいていました銀のドレスが汚れてしまいました」
ドレスが、ペンキで汚れ。代えのドレスもなく困り果て。自身の屋敷の使用人オリジの発案で、ドレスを直していた。すべてを話し終えたライアーは、バッと顔を上げた。
「ただ、このような事があったからといって遅れていい理由にはなりません。私ライアー・クレフィングは、どのような処罰も甘んじて受けたいと思います」
ルイズは口元を隠す、扇をしまうと今度はエリナへと視線を向けた。
「ところで、エリナさん。そのドレスの裾に真っ赤なシミができてますが、それは??」
ルイズの視線はエリナのドレスの裾へ。とたんに目を泳がせたエリナは、焦ったようにドレスを軽く持ち上げた。
「な、何も着いてはおりませんよ??」
アハハと軽い笑みが漏れるエリナ。彼女にルイズは厳しい視線を向けた。
「代えのドレスを用意していた部屋で、あなたがお召しになられている香水の匂いがしたと使用人より報告があがっております。あの部屋で、貴女は何をなさっていたの??」
ビクリと明らかにエリナの様子がおかしくなる。
「いえ、私はそのような場所知りません」
それはおかしいですねとルイズの目元が細く弧を描く。
「我々種族は、人よりも嗅覚に優れております。嘘をついても、ご自身のためになりませんよ??」
ギラリとした獲物を狙うような鋭い瞳が、エリナに注がれる。視線を向けられた彼女は、蛇に睨まれた蛙のようだ。




