騒々しく、目まぐるしく、酔いそうだ。
あの子は何かをたくらんでいる。
品があり立場をわきまえているといいながら、実の姉に向かってあんな事をいい放てる我が妹よ。どうか面倒を企ててくれるな、私は平穏でありたい。
ミハネとスミネに連行されるようにパーティーの会場へ向かう中、ライアーは切に願った。
風でドレスの裾がフワリト揺れる。会場の傍まで来ると、弦楽器のやさしい音色が聞こえ始めた。もうすぐだと渡り廊下を歩いている中、それは唐突に起きた。
何の前触れもなく目の前に広がったのは、鮮やかな赤。
バシャッと水が地面にたたきつけられるような音が響き、ライアーたちの目の前を横切る様に真っ赤に染まっていく。どうやらその液体は壁や屋根に塗る塗料のようだ。
影から誰かが意図的に撒いたような、不自然な広がり方をしている。
なぜまたこんなものがと顔を歪めるが、すぐに近くを歩いていた二人の侍女にライアーは視線を向け塗料を浴びていないか確かめた。
「ミハネ、スミネ。かかってない??」
ミハネもスミネも顔面蒼白で、頷く。二人がおびえるのも無理はない、急に目の前に塗料が飛び出してきて驚かないものなどいない。
しかし、震える二人の視線はライアーのドレスへと向いていた。
「ライアー様、ドレスが」
「綺麗なドレスがッ」
二人が今にも泣き出しそうに、ライアーのドレスを見る。地面に落ちて跳ねた塗料は、銀色に輝くドレスに無数に飛び散りいくつものシミを作っていたのだ。
騒ぎを聞きつけた数人の使用人たちが飛んで走ってくる。全員の顔は一様に蒼白で、銀色のドレスにミスマッチな赤い斑点に顔を歪めた。
彼ら彼女らが、顔を歪めるのにはわけがある。
この国に古くから伝わるまじないに、花嫁は、花婿の髪もしくは瞳の色一色のドレスを身につけ嫁ぐと生涯夫婦円満でいることができるというものがある。
王家はこのまじないを重んじていて、歴代の王妃も王の髪もしくは瞳の色のドレスを着て婚約パーティーに出席しているのだ。
例外なく、ライアーも銀色一色のドレスを身につけていた。
そんなドレスに、赤いシミがついてしまった。綺麗汚いなんていう問題もあるが、それ以上にこれではまじないは成立しない。
古くから引き継がれ、代々王妃がしてきたこの風習を自分の代で汚すなんてありえない。到底、このドレスでの出席は難しいだろう。
どうしたものかと眉間にしわを寄せた。
「か、代えのドレスを!!」
考えるライアーの横で、使用人の一人が興奮気味に甲高く叫んだ。その声に代えを用意しているなんてぬかりないなと思いつつホッと息をつく。
これなら着替えをすれば済む話だ、よかった。
しかし、その安堵のため息をつくのは早すぎた。
走ってドレスを確認に行った使用人が、倒れるのではないかと心配するほど顔色悪く走って帰ってきた。その使用人は息絶え絶えに、声を震わせた。
「代えのドレスが全部切り裂かれて、使えるものがありません!!」
どこかフィクションの物語のように、騒々しく、目まぐるしく、酔いそうだ。




