縁談No, thank you
クレフィング家の屋敷の廊下を、ドタドタと騒々しく走る。ライアーは顔に青筋を浮かべ大変ご立腹な様子で父の部屋のドアをノックした。
「腐れお父様!!」
バンッと扉を開きながら、大声を上げるライアーに父のデレクはビクリと肩を揺らした。
「腐れ!?……というより僕まだ入って良いなんて言ってないよ!?」
二人の子供を持つ父親にしては、かなり若く見える童顔のデレクはヒィッと怯えながらもライアーをとがめた。
「そんなことより!!」
「そんな事より!?全然良くないよ!!」
食って掛かるデレクの胸元を掴みライアーは、怒りでギラギラとした目を向けた。草食獣を食らおうと捕まえた肉食獣のような図だ。
「縁談聞いてないんだけど、お父様ったらボケてるのかしら??」
ライアーが激怒し実の父親の胸倉を掴むに至った原因は、デレクが勝手にセッティングした縁談。しかも王族との縁談だ。
相手は王位継承権十四位のリチャード王子。
「馬鹿なの!?馬鹿なんですかお父様??王子との結婚??素敵ッ!!とでもなると??この私が??笑わせないでくださいお父様」
「あれ、可笑しいな。僕、命の危機を感じるんだけどその手に包丁とか短剣とか持ってないよね??」
威圧的な雰囲気と有無を言わせず捲くし立てる言い方に、デレクは小刻みに震える。ライアーはかなり整った容姿をしているため沢山の縁談話が来る。が、それを何の躊躇もなく蹴り飛ばし続けて今回の縁談で二十件目。
デレクとしても結婚して幸せになってほしいと今回は王族との縁談まであの手この手でこぎつけた。が、娘の反応は良くないむしろ悪い。
「で、でも王族だよ??」
なんとか機嫌を取ろうとするデレクだが、ライアーの青筋は消えない。
「王族だから嫌なんですよ、王家に嫁ぐと言う事はそれなりの覚悟が必要です。でなければストレスで禿げる。お父様は私の禿げる姿が御所望ですか??」
「……むしろ、君の所為で皆禿げるんじゃ」
「あぁ゛??」
真顔で首をかしげるライアーの恐ろしい事。デレクはガクガクと震えながらなんでもないと首を振った。やっと胸倉を離され開放されたデレクは捨てられた子犬のような瞳でライアーを見つめた。
「で、でもこちらから頼んだ縁談だから、そのあってもらうだけでも……。僕の首が飛ぶ」
それもそうだとライアーは納得した。王族の顔に泥を塗れば黙ってはいないだろう、縁談を蹴りに蹴りまくって父親を困らせている自覚もあったライアーは仕方なく会うことを承諾した。
「ホントに!?早速だけど、今からだから準備して」
意気揚々に話すデレクに、ライアーは眉をピクリと動かした。
「童顔のお父様、一発殴っても宜しいかしら??」
「よ、良くないよ!!」
サササッと逃げる事が可能な限り部屋の隅まで逃げたデレクは、「そ、それから童顔って!!父親にひつ、失礼だぞ!!」と噛み噛みで怒ったがライアーは気にせず部屋を出た。
部屋を出て、自室に戻ると侍女たちが衣装や装飾品を手に待機していた。
「新作の花柄のドレスなんて良いと思うのですが」
いかがですか??とフンワリとした笑みを浮かべる侍女を見て怒りが静まる。可愛い天使かお前はとライアーが肩に手を置くと、侍女はキョトンと首をかしげた。
衣装も装飾品もヘアメイクも全て任せされるがままのライアーは、どうやれば今回の婚約が破棄されるか考えていた。相手に嫌われ、婚約破棄されるのが一番手っ取り早い。
キャッと足が滑ったって飲み物を顔面にかけるか??デレクの首が危ないなと却下。父親が娘の将来を気にして縁談を持ってくるのは分かっている。それでも、幼い頃なくなった母の代わりではないが、父の傍にいたいのだ。それから結婚そのものが面倒くさい。
「比率的に言えば後者が九割で前者が一割だけど」
何か仰いましたか??と聞き取れなかった侍女に聞かれるが、ライアーはなんでもないと手を振った。気にしつつも作業に戻る侍女から、目の前に置かれた鏡に映る自分に視線を向けた。
正直親不孝者だと言われても結婚したくない。本当にただただ面倒くさいのだ。新しい生活に、新しい環境に馴染める自信がない。
アーッと頭をかきむしりたい衝動に駆られたが綺麗にセットされていてそれは叶わない、本当に最悪だと声は出さず口だけ動かした。




