色仕掛け失敗
「お会いできて光栄ですわ、妹のエリナ・クレフィングでございます」
イアルの傍によりスカートの裾を持ち上げ挨拶をするエリナに、イアルも椅子から立ち上がると右手を胸におき頭を下げた。
「挨拶が遅れてしまって申し訳ない。イアル=ロマード・ファニマーンです。こちらこそお会いできて光栄ですエリナ嬢」
微笑む彼に、エリナは赤面した。そして何を思ったのか、華奢な腕をイアルへと向けた。
「遠くから見ていましたけど、綺麗なお顔をされているのですね。近くで見ればよりいっそう素敵。こんな方と婚約なんて羨ましいですわ」
女性らしい細く綺麗なエリナの指が、イアルの頬を捉え撫でるように滑り落ちる。豊満な自身の胸をイアルに押し付け耳元でささやくように誘惑する。密着し始める二人に、ライアーは言葉を失い、デレクは焦ったように荒々しく立ち上がった。
「エリナッ!!やめッ!!」
デレクが珍しく怒った様子で制止に入ろうとする。が、その前にイアルは頬に置かれるエリナの手を軽く拒み、身を引いた。
「女性がむやみやたらにこんな事をしてはなりません」
押し返されたエリナは豆鉄砲を食らったように、パチクリと目を瞬かせた。いつもならこれで男はコロッと落ちるのにと顔が言っている。
イアルはそんなエリナを置いて椅子に座りなおす。隣で、エリナのように目を瞬かせるライアーの視線に気づいた彼は首をかしげた。
「どうかされましたか??」
ハッと我に返った。リチャードのときのようになると一瞬でも思い、胸が痛んだ。胸が痛むとはそんなまさかと自分に衝撃を受けたが、事実今も痛む。
彼がリチャードの様に、エリナにベッタリになってしまうことが嫌だと心が拒否しているようだ。いやいやそんな!!と否定するが、一瞬でも想像した風景に吐きそうなほど嫌悪した。
様子がおかしくなったライアーに、イアルはそっと背を摩った。近くの侍女が入れなおした紅茶のカップを持つと手元まで運ぶ。
「大丈夫かい??これを飲んで」
ライアーは言われたとおりにカップを持ち、温かな紅茶をゆっくりと体に流し込んだ。体の体温が少し上がりホッと息をつく、気分もかなり落ち着いた。その様子にイアルは安心したようにため息をこぼした。
邪魔をしようとやってきたエリナだったが、割り込めるような雰囲気ではない。イアルがライアーに向ける視線は愛しい者を見る目だ。
なんなの!?と一連の様子を見ていたエリナは歯をかみ締めた。色仕掛けが失敗し、完全に蚊帳の外な現状に火が出るほど頬が熱い。逃げるように部屋から飛び出した。
「こら!!待ちなさいエリナ」
怒った様子のデレクが呼び止めるが、彼女が素直に戻ってくるわけもなく。ハァッと重いため息をつく彼には疲労がうかがえた。
「イアル殿、娘が失礼な事をしてしまい申し訳ありませんでした。どうか許していただきたい」
深々と頭を下げるデレクに、イアルは首を振り頭を上げるように言った。
「気にしないでください。少々動揺はいたしましたが」
ハハッと頬をかくイアルに、なんだコロッとしそうになったという事かと再び不安を感じる。そんな考えを打ち消すように苦笑いを浮かべたイアルは隣に座るライアーへと視線を向けた。
「君がやっぱり僕と結婚しないと言い出すかと思って焦った。婚約した相手が、女性と密着してたら嫌だろう??だから……いや、嫌だと思ってくれたら嬉しいっていうのが本音かな」
いや、なんでもないよと首を振るイアルに、ライアーは視線を向けた。こんなこと口が裂けても言えないが嫌でしたよ、と正直な気持ちをこぼす。
昨日今日で出会った男性をすぐに好きになるなんて事今までなかったし、これからもないだろう。しかし、モヤモヤしたということは、イアルに少なからず好意寄せ始めている事になる。
恥ずかしいので絶対に言いはしないが。
ライアーは無言で、茶菓子に出されていたマカロンを口に入れた。




